06:破砕の主

「ついた。ここが破砕の洞窟の最深部だよ」


 地雷の張り巡らされた通路を抜けると、そこにはとても洞窟内だとは思えないほどに広い空間があった。


 等間隔に並べられた松明が明かりとして設置されているが、この巨大空間のすべてを照らしきれてはいない。

 壁には無数の鎖が飾りのように張り巡らされており、まるで空間を内側から支えているかのように見えるが、それとは別に、まるで何者かを閉じ込めているかのような圧迫感を醸し出している。


「アカリ、この短剣を持ってて。俺の剣と違って神器じゃないけど、ないよりかはマシだと思うから」


 差し出された短剣を手に取ると、初めて持つ武器の感触に、アカリは緊張も相まって体が震えた。


(いったい、この先には何が待ち受けているの? 私は、生きてここから出られるの?)


 様々な不安に襲われ、体の震えが止まらない。


「大丈夫。君のことは俺が絶対に死なせないよ」


 エイトがアカリの肩を優しく抱いてきた。

 吸い込まれるようなエイトの黒い瞳は、アカリの抱く不安を徐々に霧散させていき、落ち着きを取り戻させる。

 アカリは短剣を腰に差すと、覚悟を決めた強い目でエイトを見た。


「よし、行こう」


 そう言って歩き始めたエイトを見て、アカリも歩き始め、目の前の空間に入っていった。


 湿った空気が充満しているせいか、心なしか体が重く感じる。

 地面にはところどころに苔が生えており、油断していると湿った苔に足を取られ転んでしまいそうだった。

 直径五十メートルほどの円状に広がる空間。松明の明かりが届かないせいでよくは見えないが、暗がりの中心部に巨大な何かがあることに気づく。


「あれは、なんだ……?」


 大きなシルエットに向かって歩いていくエイトを見て、アカリもそれについていく。

 エイトの持つランタンの光によって照らされたそれは、何の変哲もない大きな岩だった。

 だが、巨岩に触れられるほどの距離に近づいたとき、アカリはその岩の異様さに気づいた。


 突如として、巨岩がブルブルと振動し始めたのだ。


 その振動に同調するように洞窟全体が揺れ始め、アカリはバランスを崩しその場に倒れてしまう。


「まずい! アカリ、早くここから離れるんだ‼」


 何が起こっているのか理解できないアカリは、とりあえずエイトの指示に従い、急いで立ち上がった。

 走りながら振り返り、岩の様子を確認する。

 すると、視線の先で震えていた岩が見る見るうちにその形を変え、人型となって立ち上がったのだ。


「な……なんなのよ? あれ?」


 揺れが収まり、周囲の松明の炎が激しく燃え上がると、目の前の化け物の全身を照らした。

 全長二十メートルはある目の前の岩の巨人を指さしながら、アカリは震える声でエイトに問いかける。


「昔、父さんから聞いたことがある。あいつの名前は、グロスゴーレム。なみの攻撃じゃ傷一つ付けられないほど強固な体を持つ、岩の巨人さ」


 グロスゴーレムはこちらの存在を確認すると、洞窟内を震わせるほどの叫び声をあげ、アカリは思わず耳をふさいだ。


(あんな大きな化け物……いったいどうやって倒すのよ? そもそも倒せるような相手なの?)


 佇む岩の巨人を前に、アカリの頭はそんな思いでいっぱいになってしまう。

 先ほどまでとは比にならないほどに強い震えを全身が襲い、アカリの覚悟をいともたやすく踏みにじってくる。

 立ち向かうことなどできるはずもなく、アカリはただ一歩ずつ後ずさることしかできなかった。


「アカリ、無理はするな。安全なところまで下がってるんだ」


 ふと、視線をグロスゴーレムからエイトに移す。

 腰に差した剣を抜き放ったエイトは、そのままグロスゴーレムに剣を向けた。

 エイトが抜いた剣の刀身は、洞窟の暗闇に溶け込むような漆黒に包まれており、アカリは一瞬暗闇にまぎれた剣の姿を視認できなかった。


「あれが、エイトくんの神器……影王えいおうの剣」


 武器のことなど何も知らないアカリの目からでもわかるその圧倒的存在感。

そんな影王の剣を右手に持ち、勇敢にもグロスゴーレムに立ち向かおうとしているエイトの姿を見て、不思議とアカリの震えは収まっていく。


なぜだろうか? エイトの後姿を見ていると、アカリの中に勇気が溢れてくる。

溢れる勇気に比例して、アカリの中で消えかかっていた覚悟が、戦うことへの覚悟が再び芽生え始めてくる。


アカリを襲う震えは、もうない。


あるのは、エイトと共に生き残り、このふざけた世界ヴァルハラから抜け出したいという強い思いだけだった。

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