04:ヴァルハラ人

 洞窟内に響く二つの足音。

 アカリとエイトは、洞窟の最深部に向かって歩いていた。


「えっと、本当に良いのか? 無理して手伝わなくても……」


 ランタンを手に持ち、先の見えぬ暗闇を照らしながらエイトはアカリにそう問いかけた。


「いいの! あなたには命を救ってもらったんだし、恩返ししないと」


 現在、アカリはエイトに恩を返すために洞窟攻略の手伝いをしている。

 この洞窟は危ないから、と何度もエイトに同行を止められたが、諦めずに何度もお願いし、ついに同行することの許可を得た。


「それに私が履いてるこのブーツ。よくわからないけどとってもすごい物なんでしょ?」

「まぁ、ヘルメスのブーツは神器だからな。履いた人の走る速度を何倍にも引き上げてくれるから、俺が逃げろって言ったらすぐに逃げてくれよ?」


 暗闇の中でも目立つ、履きなれた白いブーツはあれだけの全力疾走を行った後だというのに、汚れも損傷もまったく見られない。

 神器とは、神々が作った武器や道具のことで、そのいずれも人智を超えた性能を持っている。


 アカリはヴァルハラに送還されてから十日、迷い込んだ森の中で偶然ヘルメスのブーツを入手していた。


「君は本当に運がいいよ。もし序盤でそのブーツを手に入れられなかったら、君の命はもうなくなっていたかもしれない」

「確かに、このブーツの力には何度も救われたわ……ねぇ、神器っそんなに珍しい物なの?」

「珍しいというか、手に入れるのがすごく難しいんだ。例えばこれ。これは『影王えいおうの剣』っていうんだけど、昔行った巨大ダンジョンの最深部から取ってきたものなんだ」


 自身の腰に差した剣を指さしながら、エイトは説明を続けていく。

 エイト曰く、神器を持つことはヴァルハラで生き残るための絶対条件。

 神器を複数個所持することで、必然的にヴァルハラで生き残れる確率が上がるのだ。


「この洞窟の最深部にもきっと神器があるはず——あ、そこ! 地雷があるから気を付けてね」


 エイトが指さした方に視線をやると、そこにはわかりにくいが、明らかに不自然な地面の盛り上がりがあった。


 この洞窟の名称は、破砕の洞窟。

 洞窟内の地面・壁・天井の所々に地雷が埋められており、それを踏んでしまうと地雷が起動して爆発が起きてしまう。


 先ほどその説明を受ける際に、実際にエイトが地雷のある所に石を投げ、地雷を爆発して見せてくれたが、起動した地雷は大規模ではないものの、人ひとりが死ぬのには十分な爆発がおこった。


 地雷は奥に行けば行くほど増えていき、アカリがゲインに追われて逃げていた場所はまだ洞窟の入り口付近で、地雷は設置されていなかった。

 地雷の爆発を見た後に、君がもう少し奥まで逃げていたら確実に死んでいただろうね、というエイトの言葉を聞いて思わずゾッとした。


 エイトの指示をしっかり聞き、地雷を踏まないように丁寧に歩を進める。

 しばらく進んでいると、アカリの目にも地雷のある場所が何となくわかってきて、少しばかり心の余裕が生まれた。

 そんな余裕が生まれたからか、アカリはエイトに対して疑問に思っていたことを投げかけた。


「ねえ、あなたは地上を知らないって言ってたけど、あれってどういうことなの?」


 アカリの問いかけを聞いたエイトの身体が若干ピクついたのに気づく。

 もしかしたら失礼なことを聞いてしまったのかもしれない。と心の中で反省をしようとしたのも束の間、エイトは歩みを止めぬままアカリの問いに答えてくれた。


「俺は君とは違って、どこかから連れてこられたわけじゃない。生まれも育ちもヴァルハラの『ヴァルハラ人』なんだ」


 その言葉を聞いて、アカリは色々と腑に落ちた。

 アカリと同じほどの年齢にも関わらず、すさまじいその強さも。ヴァルハラ博士と呼んでしまいそうなほどに豊富なその知識も。

 生まれも育ちもヴァルハラだというのなら納得がいく。


「昔は父さんと母さんと妹。そして、ちょうど君の髪色と同じくらいの毛色をした犬と一緒にヴァルハラの端の方で暮らしてたんだ」


 過去のことを思い出しているのか、エイトの瞳には若干の憂いが見て取れた。


「父さんは誰よりも強くて、母さんは誰よりも優しくて、妹と犬はかわいくて、何よりも守らなきゃいけない家族だった。俺たち家族は時に脅威にさらされながらも、必死に平和に暮らしてたんだ」


 目を細め、唇をかみしめながら話を続けるエイト。

 ランタンの光に照らされたエイトの顔は、過去を悔やむような、途方もない恨みを孕んだような顔をしていた。


「俺が十歳の時、神々あいつらが直々に俺たち家族のもとにやってきた。どうやらヴァルハラで戦うこともなく平和に暮らしている俺たちのことが気に食わなかったらしく、直接裁きを与えに来たらしい」


 そこからエイトは、怒りを噛みしめるような表情で声を絞り出していった。


神々あいつらはとてつもない力で俺たち家族を蹂躙した。全員なすすべもなく倒れて、俺も生死の境目をさまよっていたんだ。だけど、父さんが最後の力を振り絞って俺にユグドラシルの樹液を飲ませてくれたおかげで、俺だけは生き延びることができた」


 エイトの口から放たれたその凄惨な過去に、アカリは言葉を返すことができなかった。


 エイトと家族は、こんなふざけた世界でも必死に平和に生きようとし、それを実現していた。


 そんな尊い家族の風景のいったいどこに、神々は不満を抱いたのだろうか?

 アカリの頭はひたすらに神々に対する嫌悪・失望が埋め尽くし、神とはいったい何なのだろう? という疑問に駆られてしまう。

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