19.初詣のアクシデント
「はい、出来ましたよ」
赤が基調の中振袖を凜に着せ終えた恵美子は一歩下がってその姿をしみじみと眺めながら小首を
「な、なんだよぉ……」
その溜息の意味を察して恥ずかしそうに頬を染め、男の子時代には見せた事の無い恥じらいの姿のキュートさに恵美子と母は何故か左頬に左の掌を当てて小首を傾げ、しかも頬を赤らめ嬉しそうに小さな溜息をついて見せた。
「だ、だからさぁ……」
隠せない照れをどう誤魔化して良いのか分からずに戸惑う凜はちょっとすねた表情を作って見せるが、それがまた二人のツボにハマったらしくデレデレ状態は悪化して行くばかり、親バカ丸出しの二人だった。クリスマスは足早に過ぎ去り、慌ただしい怒涛の年末を乗り切って新しい年を迎えた凜は、以前からの恵美子の誘いを受けていた『振袖の着付け』の為に新年早々彼女の茶道教室の茶室を訪れていた。
恵美子は再び凛に静かに歩み寄ると、彼女の左手を取り薬指に輝く指輪を
「振袖はね、未婚の女の子の正装なのよ。結婚が決まったのなら後、何回着られるのかしらねぇ」
深い皺が刻まれた左の掌をその上に重ね、遠い目をしながらしみじみと呟いた彼女の言葉が何故か凜の心に突き刺さる。未来しか見えない者と終わりが見えて来た者、その風景は全く違うのかも知れないと感じ時、凜は瞳の奥で熱い物が溢れ出しそうになるのを感じた。だが、今は涙を流すべきでは無いと思った凜は無理矢理笑顔を作って見せると出来るだけ明るい声で答えて見せる。
「そうだね、あと最低4回、無理すれば5回かな?」
さらっとした答えを聞いた恵美子は不思議そうな口調で尋ねる。
「あらどうして?」
「だって、結婚って18歳まで出来ないじゃん。僕は今14歳だし」
「ああ、そうね、そうだったわね。指輪を見てたら随分大人になっちゃったなって思ったんんだけど、そう、そうよね、まだまだ時間は有るのよね」
恵美子の表情に笑顔が戻る、それに応えて凜も口角を上げて見せた。
「ところで凜ちゃん、今日はこれからどうするの?」
「うん、紗久良と初詣に」
「あらぁ、お正月早々愛しい人とデートなのね。楽しんで来ると良いわ」
「はい」
屈託やはにかみの全くない元気な返事がおかしくて恵美子は思わず吹き出しそうになったがそれをぐっと飲み込んだ。そして凜は上に着るファー付きの羽織も借りて、紗久良との待ち合わせの場所に向けて出掛けて行った。
★★★
待ち合わせの場所で見せた紗久良の反応が母や恵美子とほぼ同様だった物だから凜は思わず苦笑い浮かべて見せた。
「だって、凜君の振り袖姿、初めて見たんだもん」
「そ、そりゃぁ男の子だったから……」
苦笑いを張り付けたまま固まってみたりする。紗久良は普通に何時もとあまり変わりない服装でもこもこのダウンを着込んでいる。だからしっかり振袖を着ている凜の事を羨ましく感じたのかも知れなかった。
「いえいえ、ご謙遜なさらなくても。凜君、ホントに可愛いわよ、夏ちょっと前まで男の子だったなんて思えないわよ」
「……そ、それって誉め言葉と受け取って良いのかな」
「勿論よ、髪の毛もそのお茶の先生に結って貰ったの?」
「うん、先生はお茶だけでなくて和服とか髪型にも詳しいみたい」
「へぇ、私も通ってみたいな、その茶道教室」
「じゃあ次にお稽古行ったら話してみようか?」
「うん」
嬉しそうに返事をしてから腕に抱き着く紗久良を凜は笑顔で見詰める。そして二人は連れ立って近所の神社に向かって歩き出した。
★★★
郊外に有るそれ程有名でない神社のせいか、そこそこの人出は有る物の都心の有名な初詣スポットの様な足の踏み場もない混雑状態では無かったから、ゆっくりと参拝出来そうだった。二人は本殿に続く参道をのんびりと散策し、何時もは飾られていない提灯や屋台なんかも出ていてちょっとしたお祭りの雰囲気と年始の新鮮さが感じられた。
「凜君は何を祈願するの?」
「うん、そうだね。先ずは今年のコンクールと演奏会が上手く行きますように……かな」
その答えに紗久良が少し不満そうな表情を見せたのに気が付いて慌てて言葉を追加する。
「あと、紗久良と出来るだけ、いっぱい過ごせますように……」
焦ったせいかちょっと言葉を噛んでしまったが紗久良は満足した様でにっこりと微笑んで見せた。
「賞味後二ヶ月半くらいしかないのね」
「え、うん、そうだね。でも、ちゃんとメールするし手紙も書くしちゃんと連絡するから心配しないで」
紗久良は小さく頷いて見せたが笑顔の裏に潜む不安が見え隠れする事に凜の心がチクリと痛む。時間が早回しで過ぎ去って、早く大人にしてくれと祈願しようかとも思ったがそれでは中途半端な結果にしかならない様な気がしたからやっぱり、コンクールとコンサート、そして勉強が上手く行く様に願うと心に決めた。『急がば回れ』そんなことわざが頭に浮かんだりする。
そして、他愛のない会話をしながら参道の端っこを歩き本殿に向かい二人並んで歩いていたその時だった。
「おい、おまえら!!」
背後からあびせられたそれはかなり乱暴な言葉だった。そんな口調で呼びとめられる理由など持ち合わせていないから自分たちに向けて発せられた言葉とは思わず二人は気に留めず、そのまま歩き続けた。すると、二人の横をばたばたと慌ただしい複数の足音が追い抜いて行き、見た目高校生くらいの三人組が凜達の前に立ちはだかった。
「お前ら何無視ってんだよ」
三人の中央に立つ少年が凜達を威圧する様な表情と尖った言葉でそう言った。あまり柄が良く無さそうな三人組を前に凜は自分を自分で指差しながら少し引き攣った笑顔を作る。そしてちょっと震える声で呟いて見せる。
「……あ…ぼ、僕ですか?」
その言葉に対する少年達の返事は冷たく鋭い笑顔だった。
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