20.僕たちはそれでも

「お前らあれだろ、この前コンサートした時、ステージでキスした奴だろ」


少年は凜と紗久良を舐める様な視線で見まわしながら邪気を漂わせて好奇の矛先を向ける。それは酷く威圧的で不快感溢れる物だった。


「……え、ええ、まぁ」


彼の威圧に押されて凜は曖昧な返事をして見せる。正直、腕っ節ではかないそうには無さそうだしこの場を離れて紗久良をこのストレスから解放しなければならないと凜は思った。


「じゃ、じゃぁそう言う事で」


凜は引き攣った笑顔を張り付けながら紗久良の手を引いてその場を立ち去ろうとしたのだが少年達は二人を前と左右から取り囲み、捕まえた獲物を逃がそうとはしなかった。


「待てよ、もう少しお話を聞かせてもらいたいんだけどなぁ」


前を塞ぐ少年が一歩前に踏み出してにじり寄る様に紗久良に近寄付くと彼女の耳元で呟いた。


「お前ら、どこまでやったんだよ」


当然紗久良にその言葉の意味が分かる筈もなく、きょとんとした表情を見せる彼女に少し苛立ったのかどろんと溶けたような顔つきが鋭く尖ったものに変わる。


「なにお上品に構えてんだよ、教えてくれよ、女同士ってどうやるんだよ……ん?」


その手の事に人生の中で一番興味を抱いている年代だから表現に躊躇などは無い。ある意味純粋と言えるその行動は周りから見ればたちの悪さと興味だけが剥き出しで手を付ける事に恐怖を感じる。


だからだろうか、明らかにトラブルの現場であるにも関わらず、割って入るものは無く、それがますます少年達をおごり高ぶらせる。ネットワークに蔓延はびこる補助の無い剥き出しの情報を鵜吞うのみにしてそれが全てと信じて疑わない短絡的な思考は若者にとって受け入れ易くて後々の罪悪感を薄れさせてしまうのかも知れない。


「あ、あの、ちょっと聞いていいかな……」


腫れ物に触れる様に凛はかなり遠慮がちに紗久良に突っかかる少年に尋ねた。凛にはちょっとだけ引っかかる事が有ったのだ。


「お、なんだよ」

「その、なんで僕たちのこと知ってるの?」

「なんだよ、お前ら知らねぇのかよ」

「え、う、うん……」

「SNSに出てたんだよお前らのキスしてる写真がよ」

「……え?」

「ま、今の時代どこにでも人の目が有るんだから軽はずみな行動はしねぇことだな」


要するにクリスマスコンサートの画像が撮影されて、それがネットに投稿されたと言う事らしい。その内容が好意的な物なのか否定的な物なのかは少年達の話からくみ取ることは出来なかった。だが、凜は思う、お前らに『軽はずみな行動はするな』等と言われる筋合いは無いと。


「な、なるほど、そうなんだ。でも、僕らは悪いことしたって思って無いし、素直な気持ちだから言い訳も何にも無いし……」


そう、凜と紗久良の思いに嘘などと言う物は無い、だから何を言われようが思われようが否定する気も無かった。


「は?何言ってんだよ、女同士でキスしてそれでいいと思ってんのかよ」

「べ、別に問題は無いんじゃないかな」

「何言ってやがんだ、異常だろ」


その『異常』と言う言葉に反応して凜と紗久良は怪訝な表情で視線を絡ませる。そして紗久良が躊躇しながら口開く。


「……どうして、異常だと思うの?」

「バカかお前、キスってのは男と女でするもんだろ」

「でも、チーク・キスなんかは挨拶だから同性同士でもするけど」

「そりゃ、挨拶だからだ、唇くっつけてするキスとは違うだろ」

「愛情表現なんだから家族同士とか同性の友人同士でもするけど……」


ああ言えばこう言う紗久良の態度に少年は瞬間的にヒートアップする。この年代のこの手の性格は自分の思い通りにならない事に過敏に反応して力で従わせ力を誇示する事に快感に感じる者の様だった。だから彼の感情に紗久良の出方が突き刺さる、そして心が弾け飛ぶ。


「いちいちうるせぇんだよ、てめぇらの行動を詫びて出すもの出してとっとと失せな」


行き付くところは結局金銭、何でもいいから突っかかって優位に立つ満足感を得ると同時にお金も手に入れると言う即物的そくぶつてきな思考は昔から全く無かったとは言えないがここ最近の犯罪傾向から増えている様に感じられるのは溢れる情報を適切に思考する力が失われつつ有る……いや、人間はそんな能力を元々持ち合わせていないのではないだろうか。


「ほら、早くしなよ」


少年の表情からは既に自分の感情を制御しようと努力する様子は完全に消え去り、暴力的で力任せの強制力で溢れていた。凜にはこの状況を力でも理屈でも改善する事は不可能と判断して手に持っていた小さなバッグを開けて中から財布を取り出そうとした、その時……。


「どうかしたのかね、君達?」


少年の背後から良く響く低音の男性の声が聞こえた。


「うるせぇな、なんだ……」


少年が振り向いて勢いに任せてそこまで言ったところでぴたりと言葉が止まる。彼の背後に立っていたのは制服姿の二人の警察官だった。


「君達はこの二人の友人か何かなのかな?」


体格の良い警察官の表情はにこやかだったが、ここで起こっている事の全ての状況を完全に理解している様に感じられ、その威力は薄っぺらい少年達とは段違いの破壊力を持っていた。


「な、何でもねぇ」

「ほう、何でもないのかい?でも、後ろから見てたんだけど、なんか出すもの出せとか行って無かったかな?」

「い、言ってねぇよそんな事……おい、みんな行こうぜ」


『張り子の虎』である事をさらけ出した少年達は極めて不満そうな表情を見せ、凜と紗久良をちらりと見た後、何か言いたそうにしながらその場から立ち去った。そして、凜が小さく溜息をつく。


「大丈夫ですか?お怪我とか何か被害は有りませんか?」


柔らかな警察官の言葉に二人の顔から笑顔が零れる。


「あ、ありがとうございます。大丈夫です」


安堵の表情を見せながらそう言った凜の言葉を聞いて警察官も笑顔を見せたその瞬間、後ろから少し得意げな女の子の声が聞こえた。


「ホントにもう、気を付けないと駄目だよ二人共」


そう言ってニヤニヤを湛えて現れたのは莉子だった、そしてその更に後ろからのっそりと今野が現れた。

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