15.さりげない自信とほんの少しの確信
「ねぇ紗久良……」
窓の外を眺めながらピザを一口、二口頬張る彼女の姿を見ながら凜は一度つばをごくりと飲み込むと、急速に激しくなりつつある心臓の鼓動と紅潮する頬を必死で隠しながら彼女に声を少し震わせながら訪ねた。
「紗久良は……好きな人…居る、の?」
かなり一本調子でしかも語尾がごにょごにょと消え行ってしまうくらいの弱々しい喋りで尋ねた凜は、言い終わると同時にテーブルを視線にを落とすと周りのざわめきは耳に入らなくなり無音の沼に落ちて行った。紗久良はゆっくりと店内に視線を戻すとテーブルに対して平行に顔を向ける凜の姿を見ると、少しの沈黙。そしてそのあとゆっくりと口を開いてほんの一言こう言った。
「うん、いるよ」
その言葉と同時に凜は無音の世界から現実世界に帰ってきた。
「……え?」
「だから、いるって……」
右手に
「だ、誰?」
そして紗久良は質問に対して質問で答える。
「凜君は好きな人いるの?」
質問を質問で返されて凜は言葉を失うが、次の瞬間、その質問の意図に気がついた。ただ、それが予想外だったらと言う焦りが沸き上がり、背中を冷たい汗が一筋流れ落ちる。しかし、今は素直に口にするしかないと覚悟を決めて、唇を小さく震わせながら紗久良と同じく一言答えた。
「う、うん、いる……よ…」
凜の言葉を聞いて食べかけのピザを振り振りと振りながら紗久良はにっこりと微笑む。
「そっか、それは良かった」
「よ、良かったの……?」
紗久良はその笑顔を更にパワーアップさせるとコクりと頷いて見せた。素直なまるで幼児の様な可愛らしい動きを見た凜はの相手が自分の予想通りの人物であろうことが何となくだが伝わって来て、今迄少しもやもやしていた頭の中の霧が少し薄れてその隙間に安堵が入り込んで来るのを感じた。
まだ完全に入れ替わった訳では無いが、頼りない自信がほんの少しだけ確信に近づいた様に思えたが、今はこれ以上踏み込んで結論を求めるだけの決心がまだつかないから凜も笑顔だけで答えた。
「ねぇ、凜君」
席からちょっとだけ身を乗り出して紗久良は凜をひょいひょいと手招きする。それに呼び込まれて凜もテーブルの上に身を乗り出す。すると、突然唇に柔らかで温かい物がちょこんと当たったのを感じた。最初は何が当たったのか分からなかったのだが、席に座り直し頬を少し赤らめながら悪戯っぽい微笑みを浮かべる紗久良の仕草でそれが何か理解した。
「告白したからファーストキス」
唇を掌で隠しながら紗久良はそう呟くとくすくすと笑って見せる。そして凜は少し引き攣った笑いを浮かべながら席に深く腰掛けて周りの様子を伺った。そして、女の子数人のグループの中の一人がこちらを見ている事に気が付いて何故かちょこんと会釈して見せる。それを見た女の子はにやりと笑ってからグループの会話の中に再び紛れて行った。
女の子同士のキス、ファストフード店の中では珍しい光景、いや、どこに居ても目立つ行為だから注目されることは分かっている筈なのにあえてそれをした紗久良の大胆さは素直さに裏打ちされているのだろうか、このくらいの年頃は女子の方が恋愛には敏感なのだ。
そして、黙々と残りのピザを片付けると二人は午後の街に再び出かけて行った。
★★★
「唇つやつやだね凜君」
朝の何時もの登校風景、莉子は凜の顔を見るなりそう言うと羨ましそうな表情を浮かべる。
「あ、うん、これ買ったんだ、昨日」
「ほう……」
凜はコートのポケットから昨日買い求めた
「ああ、これ知ってる、無添加でメンソールの奴」
「メンソールじゃなくてミントだよ」
「どっちも似たようなもんじゃない。どこで買ったの」
「うん、デパートの化粧品売り場」
「お母さんと?」
「いや……」
そこまで言って凜は口を噤むと不自然に乾いた青空に向かって視線を移す。
「誰とよ……って…」
莉子は自分の横を何食わぬ顔で歩く紗久良に大きなアクションで顔を向けるとじろりと睨みつける。そして恨めしそうな声で一言。
「なんで誘ってくれないのよ」
「え、だ、だって、バスケ部の練習だって言ってたじゃない」
「バスケと凜君を天秤にかけたら凜君が勝つのよ。今度はどんな事が有っても私を誘いなさいね」
「そ、それなら今野君と……」
「あれはまだ候補生、私と一日休日を過ごそうなんて千年早いわ」
「……そ、そうなの」
そして、その視線は今度は凜に向けられる。
「凜君、今度は紗久良抜きで私とデートしなさい、これは決定事項だからね」
「え、あ、その、う……」
そこ迄言ったところで凜に向けて紗久良のレーザービームの様な視線が刺さり、同時に背中を流れ落ちる冷たい汗に鳥肌が立つ。
「あ、あの、か、考えさせてください……」
「考える必要無し、うんって言えばいいの!!」
「え、で、でも……」
三角関係は画数以上の複雑さを見せながらそれでも未だに平和だった。ひょっとしたらもうすぐ角が一つ増えて四角形と言う安定的な模様を見せるかも知れないが、当分、この騒がしさに変化は無い様に思われた。間も無く本格的な冬が訪れる、木枯らしに包まれながらも関係は成熟していくのかも知れなかった。
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