10.決戦の体育館
決戦の時は訪れた……凜的には来て欲しくなかったのだが時と言うのは無常である。
そして昨日とは打って変わって気合十分の今野は部室の片隅で、と言うか本当に角っこに向かって項垂れながら秘かに闘志を燃やしていた。そしてどちらかと言うとビビっているのは凜の方で、昨日の紗久良の指摘が頭から離れず、と言うか、ぐるんぐるんと回り続け、それが一晩中続いたものだから一睡も出来ず、目の下に大きな隈を作っている。
「な、なぁ今野……」
不自然な作り笑いを浮かべながら彼の背後に腫れ物に触れる様におどおどと近づくと、凜は耳元でぼそっとそう呟いた。すると今野はぴくんと一瞬動いてから徐に振り返る。
「なんだよ凛、今、イメージトレーニング真っ最中なんだ、邪魔すんなよ」
「え、あ、あははは、それなんだけど、今日はちょっとやめとこうかなぁなんて思ったり……しないかなぁ?」
その言葉に今野の瞳の奥がきらりと光る。
「男は負けると分かっても戦わなきゃいけない時が有るんだろ……」
「ま、まぁ、そうなんだけど、先延ばしするのも戦いじゃぁないかなぁなんてちょっと思ったりなんかしてさぁ」
「何言ってるんだ凜、フットワークは軽い方が重宝されるんだぞ」
「……重宝って」
一瞬たじろぐ凜。そして、その瞬間、体育館から女子バスケ部が練習を開始するまえの号令が部室の中迄聞こえて来た。
「よし、時は来た、
ゆらりと立ち上がった今野は胸の前で十字を切ってから、金具の付いたストラップを首にかけ、サクソフォーンを引っ掛ける。
……今一つ宗教観がはっきりしないのは日本人だからだろうか。
そして部室の扉を開き、ゆらゆらと歩を進めて入り口の段差を二段降りると極限まで高まったオーラを背負いながら体育館二階部分のバルコニー中央へ進んで行く。
眼下の体育館では女子バスケ部が真剣に、しかし楽しそうにボールを追いかける姿が見える。その中心には常に莉子が居て彼女独特の眩しさを放つ。彼女はバスケの練習に夢中でバルコニーに今野が居る事に気が付いていない。たまに吹奏楽部の部員の誰かがここで音を出したりしているのだが、それを気にする者はバスケ部やその他の運動部員も気にする事も無く、苦情も報告されたことは無かったのだが、これから今野がする事は、後々伝説となって語り継がれるのかも知れない。
部室のドアを細く開いてその隙間から今野の姿を盗み見る格好で
「ほ、骨は拾ってやっるからな……」
丸で祈る様にそう呟いた凜の言葉は今野に対しての励ましにならない事に気付いてはいなかったが彼女が今口に出せる最大の
「私こと今野清は莉子さんに申し上げたい事がございます!!」
突然の叫びにコートの中を激しく動き回っていたバスケ部部員の動きが止まる。そして全員の視線が声の主に向けて注がれる。
「私は初めて見た瞬間、莉子さんにほ、惚れました」
まるで血液の色がそのまま見えているのではないかと思うくらいに赤く顔を染め、滝の様な汗をかきながら訳も分からず見詰め続けるバスケ部部員の視線に耐え今野は叫び続ける。勿論その視線の中には莉子の物も含まれるのだが、彼女は何故か少し冷めた表情で両腕を組み、その内側にボールを抱え込みながら小首を傾げて見せた。
「な、何の
ひっくり返りそうになる声を必死て元に戻しながら叫び続けるがその言葉は頭の中に刻まれた明朝体の活字を喉が自動的に音声に変換する機械仕掛けの人形の様に一本調子になって行きまるで
「ですので、もし宜しければ、僕と、つ、付き合っていただけたら幸いであります!!」
事態を何となく把握したバスケ部員達は
「で、では最後に莉子さんにこの曲をさ、捧げたいと思います」
その音色を聞きながら莉子は不敵な笑みを浮かべて見せる。それは勿論呆れたと言う雰囲気も含まれてはいるのだが、それ以外にもキュリアスな意味も含まれている様にも見えた。そして、今野の演奏は終わり体育館に静けさが戻り、暫くの静寂の後にバスケ部員のさざめきに混じり拍手が沸き起こる。だが、莉子は
演奏が終わり、全てを出し切って意識を失いかけた今野の瞳に極めて不機嫌に自分を睨みつける莉子の姿が写り込む。その表情から彼は彼女の返答が何であるのか、その全てを悟ると自分の人生はここでる
夕暮れは一人の少年の愛が終わりを告げた事を悲しむ様に照らし続ける……のだろうか…
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