9.燃える心の叫び声

「だから今言ったとおりだよ」

「ば、莫迦ばかかお前は……出来る訳ねぇだろそんな事」

「なんだよ、女の子を莫迦呼ばわりするのか、セクハラだぞ」

「ち、ちげーよ!!」


誰も居ない部室の中で箱椅子に座り、顔を近舐める事が出来る位に近づけて、もしも他人が聞いたらとんでもなく低レベルに聞こえる中学二年男子生徒らしい口調を連発しながら会話を進める凜と今野だった。その話の内容は勿論、昨夜、凜がほぼ寝ないで練り上げた今野が莉子にカッコよさをアピールするための作戦だった。


「だいたいなぁ凜、それって下手したら心に一生物の傷を負うかも知れねぇ危険な賭けだぞ、そんな危ねぇ事、出来ねぇよ。後悔先に立たずっていうだろ」

「愛とは決して後悔しない事だ」

「もしもするような羽目はめになったらどうすんだよ」


舐められる位近づけた顔を凜は更に近づける。すると、今野はほんのり感じる甘い香りに凜の女性を感じて頬を少しだけ染めながら一歩後ずさる。しかしそれを追いかける様にして凜は更に顔を近づけると口元に右掌を当てながらぼそぼそと呟く様にこう言った。


「……思いが愛で無かった事を知るだけだ」


一瞬黙り込む今野、そして、たぶん心の中は爆発しているのであろうがそれを無理矢理封じ込め、凜と同じく右掌を口元に当てながら同じく、くぐもった声でぼそぼそと呟き返す。


「それは黒歴史を好き好んで背負えと言う事か」

「それ位背負えないで何が男だ」

「凛、お、お前なぁ、性格変わったぞ……」


今野は丸めていた背中を伸ばし箱椅子に座り直すとほうっと小さく溜息を一つ。


「まぁ、莉子さんに俺の事伝えてくれたのと、その答えを教えてくれた事と、これからどうするか考えてくれた事には感謝するけど……」

「……だったら」

「ま、俺には遠すぎる存在さ、莉子さんは遠くから眺める事に価値がある夜空に輝く手の届かない星なのさ」


何故か右斜め四十五度付近に有るもうすぐ暮れそうな夕暮れの空が写る窓に向かって視線を移し、どう見ても過剰にナルシスでも気取ってるのかと突っ込みたくなりそうな姿に妙な熱い視線を送りながら凜はゆらりと立ち上がる、背景にめらめらととうの様に燃え上がるオーラを背負いながら。


「……今野、お前はホントにそれでいいのか」

「え、ああ、まぁ、しょうがないだろ。人間逆立ちしても出来ないことは出来ないからな」

「莫迦野郎、逆立ちして見なきゃ分かんねぇじゃねえか、やりもしないで諦めるなんてお前らしくねぇぞ」

「だからぁ」

「ぐだぐだうるさい、男なら負けると分かってても戦わなきゃならない時が有るんだ。いいか、明日決行、それまでにちゃんと準備しとけ、良いなっ!!」


今野の胸を右手の人差し指でつんつん突きながら凜は多少暴走気味だと自覚しつつ、これも彼の為だと心を燃やし、燃える心の叫びをぶつけた。


「……わ、分かったよ」


今まで見た事の無い凜の迫力に押され、今野は少し項垂れながら頭をポリポリと掻き、それ以上の何かを言いたそうだったが渋々な表情でそう呟いた。


「よし、分かればいいんだ、健闘を祈るぞ」


右手で拳を作り親指を立て、凜は今野の目の前に突き出すと不敵な笑顔を浮かべながらちょんとウィンクして見せた。そして、くるりと踵を返すとすたすたと部室から出て行った。その姿を見送る今野の表情は彼女とは裏腹に明らかに絶望の淵を見ている、そんな雰囲気満載だった。そしてのそのそと箱椅子から立ち上がると小さな窓に近づいて行き、外に視線を馳せる。


「体育館のベランダで愛を叫んでからサクソフォーンで愛の曲を演奏するだと……何考えてんだ凜の奴、そんなんでうまく行く訳ねぇだろ」


まるでお経でも唱える様に呟く彼の眼差しに映り込む茜色の夕日は今の自分の心持こころもちにょじつに表している様な気がしてその光景が突き刺さる様だった。そして、明日は自分にとって人生最大の運命の日になりそうな気がした。更に、人生最大がこの若さで訪れるとは思っても居なかったから、自分の人生はあまり大したドラマを生み出す事がないのかも知れないとも思った。


★★★


スマートフォン越しの紗久良の爆笑が凜の部屋に響き渡る。明日、莉子に告白する今野の事を彼女に一応伝えてみたのだが、その方法を言った瞬間部屋の中が笑いに包まれたのだ。


「もう、凜君てば、それじゃコントと変わりないじゃん。どこかのお笑い芸人がそう言うネタやりそうよ」

「……え、でも」

「最初は手紙書かせてお友達から始めましょうとかそういう段取りの方が良かったんじゃない?」

「で、でも、ストレートに言っちゃった方がすっきりするじゃないか」

「すっきりしすぎて焼け野原になっちゃうかもよ、そなったら取り返しがつかないじゃない。搦手からめてで回りくどく話を進めるのも手の一つよ、時間をかけて仲良くなった方が確実だと思わなかったの?」

「え、いや、その……」

「突然、見ず知らずの人に熱く告白されても変な奴って思われるのが関の山じゃない?」


『変な奴って思われるのが関の山』と言う言葉が凜の心にざっくりと突き刺さる。そして莉子とは近しい関係に有るのだから、それとなく接触させて時間をかけて親睦を深めるという手は正攻法で有る事に今更気付く凜だった。そして、自分はひょっとしたらとんでもない事をしでかしたのかも知れないと思った瞬間、心の奥にブラックホール並みの超重力を纏う煩慮はんりょが沸き上がる。


「や、やっぱやめた方が……いいの、かな?」

「さぁ?当たって砕けて見たら」


そっけなく冷たい紗久良の言葉に凜の心が凍り付く。そして明日が来ない事を凜は全力で祈ったがそんな事は起こる筈もなく、今野の告白決行当日は粛々しゅくしゅくと訪れるのだった。

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