13.会うべき人
放課後、凜は母からのメールを改めて読み返す。そこに書かれていたのは今日、学校が終わったら出来るだけ早く手術を受けた総合病院に来る様にという内容だった。その理由に関しては何も触れられていない。
凛が最初に見せた動揺の理由、それは、ひょっとしたら術後の経過に何か問題が出て緊急に検査をする必要が発生したのではないかと言う不安と、それを紗久良と莉子に知られていらぬ心配をかけてはいけないという思いから来たものだった。そして放課後、吹奏楽部部長の今野だけには事情を話して部活を休むことを伝えると、彼は予想通り表情御曇らせる。そして一言……
「ま、まぁ、何事もない事を祈ってるよ」
眉間に皺を寄せる彼を見詰めながら凛はいつもの笑顔を見せる。そこに男の子の面影は既に完全に消え失せていて、思春期を迎えようとしている少女特有の輝きが有るだけだった、ただ、今野はその眩しさの中に一抹の寂しさを覚える。もう、男同士のあんな話やこんな話は出来なくなってしまったのだなと。
「大丈夫だ、何とも無いから心配すんな」
わざと男言葉で答える凛の態度が今野の目に少し大人びて見えた。
★★★
病院の受付の前で凛の母は待っていた。そして、凛はその顔を見るなり今まで張りつめていた皆に対する気遣いの糸がぷつりと切れてしまったのか表情を曇らせ、今にも泣きだしそうになる。その様子に驚いて母は慌てて彼女に駆け寄った。
「凛、どうかしたの?」
「え、だって、ひょっとして僕……何か有ったの…」
切れ々で少しかすれた声でそう言った凛を見て母はその理由に気づく。
「大丈夫よ心配しないで、凛の体の事じゃないから」
「……え、じゃぁ」
「こっちよ、いらっしゃい」
母は凛の手を取ってエレベータの方に向かって歩き出し、凛もそれに従って後に続く。そして、五、六歩足を進めたところで凛は有る事に気が付いた。それは、今向かっているエレベーターが、色々と特殊な病室が有る
「あ、あの、おかぁさん、どこに行くの」
「うん、ちょっとお見舞いにね」
「お見舞い?」
「そう、凛が今一番合う必要が有る人のお見舞い」
「……僕が」
「そう、ちゃんとお話しするのよ」
そこまで聞いて凛ははっと気が付いた、母が誰のお見舞いに行こうとしているのか。そしてあの夜の言葉が
「お、おかぁさん、その人ってひょっとして」
緊張で口の中がカラカラに乾いて行くのを感じていると“チン”と言うエレベーター到着のベルが鳴って入り口ドアが開く。いつもは長く感じるエレベーター待ちの時間だが今、妙にそれが早く感じられた。結局、答えを用意しきれなかった、更にどんな接し方をすればいいのか分からなくなり焦りはさらに増大する。
「さ、行きましょう」
「え、う、うん……」
母に促され曖昧な返事をしてから手を繋いだまま俯き加減にエレベーターに乗り込むと、母は最上階のボタンを押す。凛の予想通りで最上階は集中治療室や特殊な病状に対応する病室が集められている場所で凛も学校で倒れた当日と、手術後の数日を過ごした場所だった。
「……あ、あの…おかぁさん」
「ん?」
「その、一緒に会って貰えるよね」
呟くようにそう言ってから顔を上げ、母と視線が合った時、彼女は微笑みながら小さく首を横に振る。
「私に出来るのはここまで、後は凛、あなた次第」
文章にしてしまうと冷たい様に感じるが、彼女の言葉には暖かさが有り、凛にはそれが励ましの言葉に聞こえた。そして、一歩前に踏み出す勇気を与えてくれた。エレベーターはいずれの階に止まることもなく真っ直ぐに最上階に到着する。そして扉が開いた時、凛は大きく深呼吸、そしてゆっくりと歩き出す。
★★★
エレベーターを降りて奥の方に真直ぐ続く廊下を母に手を引かれ鉛の様に重い足取りで歩く凜。視線の先に映るのは一足歩く
不意に顔を上げた凜の視線の先に扉が一つ。その上には『クリーンルーム』という表示が有った。自分がこれから会う人はこの扉の向こうにいる。その扉の前に女性が一人立っていた。年代的には自分の母と同じくらいだろうか。あまり良くない顔色のその人は母に向かって軽く会釈して見せた。
「佐藤さん……ですね…」
「はい、良くいらして下さいました。傑の母親の真知子と申します」
「初めまして、凜の母です」
凜の母と真知子と名乗った女性は一通りの挨拶を交わす。そして母は凜の手を取ると真知子の前に出る様に促され、凜はそれに従って前に出る。
「息子……あ、いえ、娘の凜です。凜、ご挨拶しなさい。こちらはあなたの先輩の佐藤傑さんのお母様よ」
真知子の笑顔は無理矢理作られている物で有る事が如実に分かる。子供が瀕死の状態に陥ればそうなるのは当たり前のことで凜の母もおそらく同じ思いをしたのだろう事を悟って胸が締め付けられそうになる。
「は、初めまして……り、凜です」
「まぁ、可愛いお嬢様ね」
精一杯の微笑みが凜の心に突き刺さる。そしてこれから会う人は更に心も体も痛めている筈だった。その人に掛ける言葉はまだ見つからない、焦りは大きくなるばかりだった。
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