硝子の心たち
1.冬の大三角-ペテルギウスの憂い-
こいぬ座のプロキオン、オリオン座のペテルギウス、おおいぬ座のシリウス。この三つの星が形作るのが冬の大三角と呼ばれる星座で毎年十二月から二月末まで南東の方角で見る事が出来る。
今はまだ十月末だから見受けることは出来ないが、凜を巡る大三角は確実に形成されつつあった。紗久良、莉子、そして佐藤傑。この三人はどんな物語を
★★★
「あ、こ、こんにちは……」
吹奏楽部の部室に何時もの様に顔を出す凜。そしてトロンボーンを構える傑と目が合って、彼女は思わず一歩後ずさる。
「なんだよ凛、そんなに怯える事ないだろう」
「い、いえ、その、怯えるなんて……」
「顔にしっかり描いてあるぞ。」
にっこりと微笑んで見せる傑だったが正直、男子に告白されるなど夢にも思っていなかったからその対応についての苦慮は想像を絶するものが有る。しかし彼はそんな事情は全く気にせず凜にするりと近づくと頭に右手を乗せて優しくなでなでしたりする。その瞬間……
「こんにちは~~~」
摩耶が部室の扉を乱暴に開いて元気よく入って来る。
「佐藤先輩、いらしてたんですか?」
「ああ、煮詰まったらここに来て癒されるのが一番だからね」
「進まないんですか、受験勉強」
「ま、色々と思うところが有ってね……な、凛」
そう言いながら傑は凜の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる様に撫でる。
「あ、あの、佐藤先輩。凜君はもう女の子なんだから、男子はあんまり気軽に触らない方が……セクハラって言われちゃいますよ」
「おう、そうだな」
傑は凜の頭からゆっくりと手を離す。そして少し
「……あまり時間が無い、出来れば早めに返事が欲しいんだが。良くても悪くてもそれで踏ん切りがつく」
卒業まであと五ヶ月程あるが、受験と言う戦争の様な状況に巻き込まれてしまえばその程度の時間はあっという間に過ぎてしまうだろう。彼は毎日部室に訪れる訳では無いからこうして顔を合わせる時間も回数もおのずと限られてくる。あまり時間が無いというのは否定できない事実、そして、凜の返事に心を奪われてしまえば勉強に支障が出るのは火を見るよりも明らかだ。
事情は分かる、だが凜は何も答える事が出来なかった。
「じゃぁ……」
傑はトロンボーンとそのケースを持って部室から出て行った。その後ろ姿を見詰めながら凜は頭の中が真っ白になって行く事を感じていた。
「ねぇ凜君、佐藤先輩と何か有ったの?」
「え、う、ううん、
「そう、なんか雰囲気変だったわよ」
「あ、あはははは、大丈夫だから心配しないで」
「そう、なら良いんだけど」
少し懐疑的な視線を送る摩耶を乾いた笑顔を張り付けながら見詰める凜は思う、女の子ってかなり鋭い生き物なのだと。
「あ、それとさ、凜君の呼び方なんだけど……」
「呼び方?」
「うん。女の子になったんだから『君』は無いのかなって思ってさ」
「あ、ああ……」
「凜ちゃん、凜さん、それとも凛様?」
正直どれも違和感しかない。
「あの、今まで通りで良いよ、それで慣れちゃってるし」
「そうね、凜ちゃんだと子供っぽいし、凜様だと韓国の俳優みたいだし、凜さんだとリチウムイオン電池にされちゃいそうだもんね」
「……あの、最後の奴の意味がちょっと分からないんですけど」
「凜さん……リン酸」
ギャグのレベルが高すぎて、凜には理解する事が出来なかった。
★★★
帰宅して夕食を母と二人で食べてから入浴して、自室に戻って机に向かっては見た物の宿題が
結論など分かり切っていて、傑に対する答えは『ごめんなさい』以外は考えられない……筈なのだが何故かそれを口に出来ない。そして、その理由が分からない。
告白は勇気をマックス迄振り絞らないとおそらく出来ない事だと思う。更に元同性だった子に対しての告白となれば極限まで振り絞らないと出来ない行為なのだと思う。そして、それが周りに知れた時、周どんな扱いを受けるかも覚悟しなければならないだろう。もっとも、凜が通う学校内では
「ふぅ……」
左手で頬杖を突き、右手はシャーペンをくるくると弄びながらループする思考を持て余しながら結論の出ない思考を巡らせる。
「ちゃんと断った方がお互い不幸にならないのかな」
しかし、その思考に
「うぁぁぁん……」
シャーペンを放り出すと机に突っ伏し両手で頭を抱えると思い切り
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