5.紗久良と凛、初めてのデート

自室で宿題を片付けていた時、突然スマホの着信音が鳴る。知っている人物からの着信だったから紗久良は躊躇う事無く通話を始めた。


そして……


「本当にごめんね」

「いいえぇ、頼りにして頂いて光栄です」

「じゃぁ、凜に話しておくから宜しくお願いね」

「はい!!」


紗久良のスマホの向こうから聞こえて来たのは凜の母の声だった。凜の母からの頼み事は二人で一緒に買い物に行ってきて欲しいという願いだった。特に着る物、アウター・インナーをひっくるめて買い出しして欲しいという用件で、勿論、食事代から交通費全てひっくるめて母が持つと言うのが条件だった。


凜と母で買い物に行っても良かったのだが、正直今時の女子中学生のトレンドなど二人とも把握していないから、この組み合わせで出掛けたら物凄くちぐはぐなことになりかねない。ならば同期の紗久良に任せた方が間違いが無いのでは、と言う判断に至ったのだ。


母の最期の言葉『デートだと思って楽しんで来てね』と言うのにちょっと心がときめいたりする紗久良は舞い上がるほどの上機嫌。スマホを抱きしめて机に突っ伏すと止まらないニヤニヤを溢れさせながら当日のプランに思考を巡らせる。


「……ん?」


が、紗久良は有る事実に気が付いた。


「凜君って今、女の子じゃん……デートって言っても…なぁ…」


ときめきがしゅるしゅると冷めて行く。それに、凜とは幼馴染でしょっちゅう顔を合わせているからたとえ男の子だったとしても特別な感情など湧かない筈ではないか、と、思い返して、はぁっと大きく溜息をつく。次の休日は単なる女の子同士のお出かけだと言う事実に直面して紗久良は急速に意気消沈いきしょうちんして行った。


★★★


日曜日、紗久良と凜は凜の母から大金を受け取って都内の繁華街に繰り出した。そして、大手デパートに狙いを定めて開店時間と共に入店する。凜は病院を退院してはいるが完全に手術の傷が癒えている訳ではなく、まだ休学中だったからあまり長距離を歩いて移動するような買い物は避けた方が良いと紗久良が判断したのだ。


正直、渋谷とか原宿とかに繰り出した方が、女子中学生のトレンドをとらえられるとは思ったのだが彼の体……いや、彼女の体の事を考えると無理をさせる訳にはいかない。ただ、デパートは若い女子の流行りを捕らえているとは言えない面が有るから、少し不満ではあるのだがその辺は仕方のない事と割り切った。


「さて、凜君。まず、アウターを選ぼうね」

「……う、うん」

「ん、どうしたの?」


あまり気乗りしない様子の凜を見て紗久良は少しむっとしたような表情で彼女に尋ねたが、少し頬を赤らめているその様子を見て、何となく凜の心情が理解できるような気がした。


「まぁ、最近まで男の子だったんだから女の子の服を買うのが恥ずかしいのは分かるけど、必要最低限の物はまず揃えておかないと困るわよこれから」

「そ、それは分かるんだけど……やっぱり…」

「もう、往生際悪いぞ、さぁ、行きましょ!!」


紗久良は凜の手を掴むと無理矢理引っ張って女性向けの衣料品コーナーに引っ張り込んでいく。母親の買い物に付き合ってこういう場所に足を踏み入れる事は有ったが男の子にとってはかなり気恥ずかしかったりする。だが、今回自分用の物を買い求める訳だから、それとは比較にならない程の気恥ずかしさが有った。


「さて、どれがいいかな」


嬉々として服を選ぶ紗久良の背中に隠れながら凜はおどおどするだけで、服に手を出す事が出来なかった。


「凜君はどういうのが趣味なのかな」

「……え?」


突然話しかけられて心臓が飛び出しそうになるくらい驚いた凜は頬を真っ赤に染めながら紗久良の問いにどぎまぎするだけだった。


「……あ、急にそんなこと言われても困るだけか」


凜は何も答えない。いや、答えなくても紗久良にはその理由が手に取る様に分かる。男の子だった時にも普段着には執着が無くて、母が買って来た物を適当に着ている様子だったから好みなど尋ねられても答えることなど出来ない。戸惑うだけの凜を見て紗久良は小さく溜息をつく。


「うん、分かった。じゃぁ私に任せなさい。う~~~んと可愛くしてあげるから」


腰に手を当ててにっこりと微笑んで見せる紗久良の姿が凜の目に妙に頼もしく映る。紗久良は凜の手を掴んでうりばをぐるぐると引っ張り回し着回しが効きそうなパーカーやカットソー、ブラウスや重ね着できそうな上着、それにスカート等々を何着か手に取ると凜を試着室に引っ張り込む。


「はい、じゃぁ、試着するから上脱いで」

「……え?」

「そんなトレーナーの上からじゃ今選んだの着られないから」

「こ、ここで」

「ここでって、試着室なんだから別に問題ないじゃない」

「で、でも……紗久良いるし」


その言葉に紗久良はあからさまに眉をしかめて見せる。


「あのね、凜君はもう女の子なんだから、私の視線は気にしなくていいの。第一、子供の頃は二人で平気で服脱いでたじゃない」

「そ、それは子供だったからで……」

「いい、これは越えなければならない壁、その向こうに行かないと新しい世界は見えないの」


そびえ立つ名峰めいほうのような桜の押しに凜はほどなく屈服する。それでも彼女の目を気にしながらおずおずとトレーナーを脱ぎ始めた。トレーナーの下は白のタンクトップだで大きめの物をざっくりと着ていて襟ぐりの部分にかなり余裕が有って胸元が見える。そして、凜の胸がだいぶ膨らんでいるのに気が付いて、今度は紗久良が頬を染める。


生まれついての女の子ではあるが他人の胸を見る機会など殆ど無い。それに、凜の胸が早くもこんな事になっているのは想定外だったからかなり激しく焦ってしまったのだ。


「……どうしたの?」

「え、な、何でもないわよ」


背筋を冷たい汗が一筋流れ落ちるのを感じながら紗久良はカットソーを凜に渡した。凜はそれをごそごそと着てからその姿を紗久良に見せる。元々女の子っぽい面差おもざしをしていたから女物でも良く似合う。今まで見た事の無い凜を見て紗久良の心臓がドキリと大きく脈打った。


照れと焦りをひた隠しにしているつもりの紗久良だが凜にはその様子が妙に可愛らしく見えた。そして視線が偶然合った瞬間、二人同時に頬を染める。


「さ、さぁ、次これ、早く着てみて」

「う、うん……」


凜は着せ替え人形状態にされながら渡された服に次々と着替えて行く。そして一通り試着した後、紗久良が良さそうな物を選別する。


「じゃぁ次はスカートね」

「……え?」

「え、じゃないわよ早くジーンズ脱ぎなさい」

「で、でも、スカートはちょっと」

「あなた永遠にジーンズで過ごすつもり?女の子ならスカート一枚くらい持ってないと逆に変に思われるわよ」

「で、でも、スカートだけは……」

「うるさい、早く脱げ!!」


紗久良の剣幕に恐れおののいた凜は渋々ジーンズを脱ぐ。そして、その下に履いていた物を見た紗久良は少し驚いてから急速に納得した。凜が履いていたのはパンツタイプの紙おむつ、傷が完全に癒えるにはまだまだ時間必要なのかと思うと胸にこみあげてくる物を紗久良は感じた。


「さ、じゃあこれ、履いてみて」

「……どうしても」

「うん、どうしてもよ」


凜は上目遣いに紗久良を見上げてから小さく溜息をついてからスカートに足を通す。紗久良がまず選んだのはコーヒー色で膝丈のプリーツスカートだった。履き終わって紗久良の方を見詰める凜の体を彼女はくるんと後ろ向きにさせて、その姿を鏡に映して見せる。


「ほら、おかしくもなんともないでしょ」

「……え、う、うん、でも」

「でもじゃない!!」

「う、うん……」


ただ、鏡に映ったスカート姿の凜を見て紗久良の胸が妙にときめく。かなり似合っているその姿はとても魅力的に感じられ、凜の肩にかけたてが少し震える。そして、凜も壁を越えたような気がして安堵の溜息をついたのだが、彼女はこれから更に高い壁に行く手を阻まれることを、この時はまだ知るよしもなかった。

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