6.凛、女の子挫折?
デパートの中を
「凜君、だいぶお疲れの様ね」
「……うん、服を買うのがこんなに疲れる物と思わなかったよ」
「今まで服はどうやって手に入れてたの?」
「おかぁさんが買ってきてくれたのを適当に着てた」
「もう、中学生になったんだからそろそろ自分で選んだ方がいいわよ。女の子にとって衣類を選ぶのはとっても大切なイベントなんだからね」
ハンバーガーを頬張りながら少し説教臭い口調で紗久良は凜を
「別に、人に不快感を与えなければ着る物なんてなんだって良いじゃない」
その言葉に紗久良の目尻がキッと吊り上がる。その尋常でない様子を見て凜は背筋を冷たい物が流れ落ちて行くのを感じた。
「凛君、それ本気?」
「……あ、え~~~と」
「女の子にとって服って言うのは夢が詰まった魔法のアイテムなのよ。それに気を使わないと周りから軽く見られるんだから」
「そ、そうなの?」
「そう、ちゃんと自分で選んで、自分を主張しないと埋没しちゃうんだからね」
「……は、はぁ」
凜は女の子の世界の裏側を見た様な気がした。まだ中学生なのにちゃんと自己主張して埋没しないように気を使わないといけないなんて考えた事も無かった。ひょっとして、女の子の世界は案外疲れる物なのではないかと考えると急速に気分が沈んでいく。
「さて、食べた、凛君?」
「え、あ……うん」
「じゃぁ、次行くわよ」
「え?これで終わりじゃないの」
「何言ってるの。一番大事な物をまだ買ってないわ。行くわよ」
紗久良はそう言うとハンバーガーセットを運んだトレイを持って立ち上がる。凜も慌てて買い求めた衣類が入った大量の紙袋とトレイを持って彼女の後に続く。その時、紗久良が言った一番大事な物の事を思い付いていなかった。
「紗久良、何買うの?」
「あら、まだ買ってないでしょ。インナーよ、インナー」
「……インナー?」
その時、凜にはインナーが何を意味するものなのか気づけなけなかった。
★★★
その店の前で凛は頬を真っ赤に染めて、紗久良が手を引っ張って連れ込もうとしてもそれを
「だから、恥ずかしがることなんかないでしょ、女の子なんだから」
「だ、だって、だって、だって………」
二人が立っているのはデパートの中のランジェリーショップの前。女性用の下着がまるでお花畑の様に展示されている店先で二人は壮絶な言い争いを始める。
「あのね凜君、これは女の子の必需品で持ってないと絶対困る物の筆頭なんだから」
「だ、だって、だって、だって………」
「いいから来なさいっ!!」
「でもでもでも!!」
「えーい、往生際が悪いぞ、それでも男か!!」
「今は女の子だよ」
「よーし、なら来なさい」
「……え?」
巧みな紗久良の誘導尋問に引っかかった凜は呆然としたままあっさりと紗久良に手を引かれて店内に連れ込まれた。
「すみませ~~~ん」
「は~~~い」
紗久良の呼びかけで現れたのは二十代後半くらいかと思われる髪の長い女性店員だった。
「あの、この子なんですけど、サイズ測って良さそうなのを
そう言うと、紗久良は凜の背中をドンと叩いて店員の前に突き出した。
「あら可愛いお嬢さんね。お嬢さんは初めて?」
「……初めてって」
「ブラジャーは初めてですか」
「……は、はい」
女性店員の優しくて魅力的な笑顔に凜は思わず頬を染める。その態度に紗久良は何故かムカついたりするのだが、何故ムカつくのかその理由については分析しきれなかった。たまたまなのかもしれないが女性店員に対する凜の態度が何故かちょっと
「じゃぁ、こちらにどうぞ」
女性店員に促されて凜は試着室の中に女性店員と共に入って行くと、さっとカーテンが閉められた。ぽつねんと一人ぼっちにされた紗久良は手持ち無沙汰そうに店の中をぐるりと見渡す。店内の下着たちを改めて見直すと確かに凜が言う通り少し恥ずかしいかも知れない気がして思わず頬を染めた。
★★★
五分程して二人は試着室から出てきた。そして、凜は女性店員の後ろについて売り場の棚に案内される。
「あなたの今のサイズならこの辺のジュニア用の物が良いと思うわ。ノンワイヤーだし楽に付けられるわ、どれかお気に召しまして?」
「……そ、そう、ですか」
女性店員はそう言うが、女の子になって間もない凜にブラジャーを選べと言われても出来る訳などない。ただただ頬を染めて棚の前に立ち尽くす事しか出来なかった。その様子を見た女性店員が気を使ってくれた。紗久良を呼ぶと、一緒に選んであげてはと提案したのだ。
「そうね、じゃぁ、凜君、一緒に選ぼう」
「う、うん……」
「ショーツとセットになってるのが良いわね、その方が可愛いしすっきり見えるから」
「……う、ん」
女性店員は紗久良が凜の事を『凜君』と呼んだ事に少し違和感を感じたようだがそれに対してそれ以上深堀りする事はなかった。
結局、ほぼ紗久良の趣味になってしまったが凜は無事にブラジャーとショーツのほかにタンクトップやキャミソール等などを手に入れる事が出来たが凜は既にリング上でノックアウト寸前のボクサーの様な状態だった。
デパートから外に出ると初秋の風が凜の頬を撫でながら吹き抜ける。その爽やかさに一瞬心のつかえが溶けた様な気がしたが、女の子の生活の一端を垣間見た彼の脳裏には次の瞬間不安がもくもくと湧き出してくる。紗久良と不意に顔を見合せた時、彼女はこの荒波に中を生き抜いているのかと思うと、大きなため息が湧いて出た。
「……どうしたの、凜君」
「え、いや、何でもない」
強がって微笑んでは見た物の、凜の頭の中はどす黒いもやもやで満たされて行く。溜息だけではそれを振り払うことは出来なかった。
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