3.運命の宣告
医師の説明は更に続く。
「凜君は男性の特徴と女性の特徴の両方を持っていますが、おそらく、男性の特徴は機能していないですね」
顔を見合わせていた紗久良と母、そして担任教師の視線が一斉に医師に向けられる。そして母が躊躇しながら声を潜めて尋ねる。
「……あの、どういう事でしょうか」
「ええ、つまり、男性の機能は全く成長していません。おそらく精子を作る機能は無いでしょう」
「と、言うますと」
「凜君についている物はおしっこを排出する器官としてしか機能していないと言う事です」
母は軽い眩暈を感じた。そして自分に対して裏打ちの無い怒りと根拠の無い絶望感が沸き上がってくるのを感じた。右手で自分の顔を覆ってしまった母の様子を見ながら医師はコホンと席を一つした後、かなり神妙な口調で更に続けた。
「そして、これが一番の決め手になるんですが、凜君の染色体を分析してみたところ型が『XX型』でした」
今迄黙って話を聞いていた担任教師がそれを聞いて
「つまり、染色体の型から判断しても凜君は男子ではなく女子だと」
「その通りです。第一次性徴は見た目で判断されますから、その時に性別を決定されるとそれ以上詳しく調べる事はまず有りませんので誤った判断のまま今迄来てしまったと言う事です。性別の決定は意外に原始的な手法が今でもまかり通っていると言う事ですよ。出生届の期限が14日以内と言うのも問題なのかも知れませんけどね」
母は震える手を口元に当てながら、声を絞り出すように尋ねる。
「あ、あの、凜は……この後、どうなるんでしょうか……」
「おそらく、見た目は女性になって行くでしょう。女性ホルモンの血中濃度も高いですからこれから成長していくにつれて、胸が膨らんで腰が
「……ど、どうしてこんなことに」
「例えばお母様が先天的に
母の瞳から涙が一筋流れ落ちる。
「あ、あの、私が……悪いんですか?」
「……いいえ、そんなことは有りませんよ。神様はサイコロは振らないけれど、コイントスはするかもしれない、と言う事です」
神妙な表情で医師から発せられた言葉を三人はあまり良く理解する事が出来なかった。
「まぁ、それよりもお母さん、直近の大問題が有るんですよ」
椅子に深く腰掛けなおした医師はずり下がった眼鏡を右手の人差し指で元に戻しながら表情の深刻さをさらに増強し、地の底から湧き出る様な声で問題を指摘する。
「今回凜君が倒れた原因は、子宮に溜まった経血が行き場を失って全身に回ってしまった事に起因していると思われるんですよ」
「は?」
「経血は血液意外に子宮体組織液を含んでいますから純粋に体を巡る血液とは成分が違います。異物を含んだ液体が体中に流れ出せば、意識を失わせる可能性は十分に有って、下手をすると命に係わる可能性も考えられます」
命に係わるという医者の言葉にがっくりと首を
「……ど、どうすれば…いいんですか」
「はい、性別適合手術をすれば、ほぼ解決するかと思います。ただ、凜君の場合、性同一性障害には全く該当しないので世間一般に言われている性別適合手術とは異なります。どちらかと言うと、
「性別、適合手術?」
「そうです、凜君は見た目男性ですから男性器は無くして女性器を形成する手術です」
母は大きく溜息をついた、そして顔を上げると視線を医者に向ける。
「逆に子宮は切除して完全に男性にするという選択肢はないんですか」
「染色体がXX型なのと、男性の機能が無い事と、子宮はちゃんと機能しているという点から考えると、男性でいる事にあまり執着しない方が良いと思います」
母は魂も抜けてしまうのではないかと思われるくらい深い溜息をついた。
「分かりました。凛と話せますか?」
「今、人工透析を受けてますからそれが終わったら話が出来ますよ。お呼びしますから待合室でお待ちいただけますか」
「……は、はい」
母はふらりと立ち上がると医者に軽く一礼すると診察室を後にした。紗久良も立ち上がって同じく一礼してから凜の母の後に続く。担任教師は無言のまま、口元に右手を拳にして縦に当て何事かを考えながら無言でその場を後にした。
★★★
大病院だから待合室はかなり広いが診察を待つ患者でかなり混雑していている。その中で三人は長椅子に無言で座り込む。人は多いが静まり返る待合室で三人を気にする者は誰も居ない。かなりの時間の沈黙の後、凜の母が口を開く。
「……凜には包み隠さず全てを話そうと思います」
何かを決断したような口調でそう言った母に担任教師も意を決したようにこう伝えた。
「そうですね。学校でのことは私に任せて頂けますか。全力で対応しますから」
「ありがとうございます。先生、宜しくお願いします」
「はい、背水の陣で臨みますからご安心ください」
二人の会話に紗久良は入り込む事が出来なかった。幼馴染でいつも一緒にいた男の子が実は女の子で、これから本格的に女の子の体に生まれ変わる。そうなった時、自分は何をどうすればいいのか全く思いつかなかったからだ。いつも通りに接していればそれでいい筈なのだが、それをできるかが不安だった。
ふと視線を上げた紗久良の視線に入ったのは決断した凜の母の表情だった。それは全てを受け入れる無限の深さの寛容さで輝いているように見えた。紗久良は思う、私もしっかりしようと、何が有っても凜を助けて行こうと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます