運命の宣告

1.紗久良と凛

子供の頃は夏になれば庭先にビニールプールを持ち出して水遊びにきょうじたり、冬、雪が降れば時を忘れて雪合戦を楽しみ、春先は近所の河川敷に櫻見物に出掛け、秋は近くの山で紅葉狩り。幼馴染の二人は家族ぐるみの付き合いの中、順調に成長し、中学生になった。


「もう……学校で宿題の答えを強請ねだるのは止めてよね」

「分かってるよ、でも、部活がきつくて昨日の夜、耐えきれなかったんだよ」

「耐えきれなかった?」

「うん、勉強机には座ってたんだけど疲れて眠気に耐えられなくてそのまま寝落ちしちゃったみたいで」

「……で、まさかそのまま朝まで寝てたの?」


凜は小さく頷いて見せた。この学校の吹奏楽部は都内でも有力校でコンクールでの優勝経験が何回かあって、その分練習もきつい。吹奏楽部は分類的には文化部に入ると思われるかも知れないが、実態は運動部とまるで変わらない。想像以上に体力勝負の部活なのである。


は小さく溜息をつく。


そして一度窓の外に目をやってグラウンドの銀杏の木を一度見詰めてから机に座って必死に宿題をノートに書き写す彼の姿に視線を移す。一生懸命なのは分かるけど、倒れ込むくらいのめり込むのはどうなのだろうと考えたりもするが、これが男の子なのかなとも思ってみたりする。


「だいぶ暑くなってきたから風邪引くことは無いかもしれないけど、寝るならちゃんとベッドで寝なさいね」

「……うん、そうしたかったんだけど気が付いたら朝だった」


ノートから顔を上げて正面に座る紗久良と視線を合わせると凜は苦笑いをして見せる。紗久良は右腕で頬杖をついて大きく溜息。


「ま、倒れない程度に頑張りなさいね」

「うん、そうするよ」


あまり信憑性しんぴょうせいの無い答えを聞きなが紗久良はぼんやりと彼を見詰める。ふわふわの猫っ毛にくりくりと大きい瞳が特徴的な凜は時々女の子と間違えられる事が有る。彼の事を一言で言い表すと『可愛い』がベストな表現になるだろう。同年代の男の子と比べると背もそれほど高くなくて線が細くて華奢だから、吹奏楽部で担当している『ユーホニアム』が大きく見える。


肺活量と体力増強のために放課後グラウンドを走ったりしているがその成果がなかなか現れずに歯痒さを感じることもあるらしく、時々ヒステリックな表情を見せる事も有った。そんな時、紗久良は必ずこう言って彼を励ます。


「ゆるりとまいりましょう」


そう言って微笑んで見せれば凜の機嫌はたいてい直る。昼休みは彼女の言う通りゆるりと過ぎて行く。近づく夏の香りが感じられるような気がしたが、紗久良は季節的にはまだ早いから、錯覚で有ろうと思った。

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