第44話

 一時間程すると優斗と茉由奈は病院から離れた。外はすっかり灰色の街を白く化粧されて綺麗になっている。二人の表情は暗く無かった。優斗はちょっと寒そうに顔を歪めていたがそれは心境からの事ではなくあくまで雪の責任が有る。そして茉由奈はにこやかだった。

「全く! あたしの気分落ちた分返せー!」

 近くに有った公園に移動すると周りに人が居ない事を良い事に茉由奈は気合も十分に語った。雪原となっている公園に茉由奈は文句は広がる。

「まあ、問題にならなくて良かったじゃないか」

 ほっとした表情になった優斗は話す。

「でもユウちゃん、あたしが聞いてた話とかなりの違うから文句ぐらい云っても構わないやんか」

 振り返って優斗の方を見た茉由奈は頬を膨らませている。

「良かったんやから文句は言わんとこうや」

 ふーっと優斗はため息を吐きながらも自分も安心していた。すると優斗は近くのベンチの雪を払って座る。

 もちろん茉由奈はその隣に座る。まるでいつもの石垣の様になった。すっかり人の居ない二人だけの都会の貸し切りになった公園に優斗と茉由奈が居る。

「しかしやっぱりあの人も浮気してたのか……ユウちゃんが居なければそんな事も知らずに今も暮らしてたのかな?」

 茉由奈の言葉は一つづつが白く残って宙を舞う。それはさっき病院で聞いた事。やはり茉由奈は文句が言い足りない様子。

 そして優斗もそれを一通り聞こうと覚悟していた。

「うーん、そうだね。彼からは告白する様には思えないしな」

 今回も元旦那はそんな事実を渋々話していた事を優斗は思いながら語る。

「本当に最低……ってのはあたしの立場からは言えないか……」

 確かに茉由奈も浮気をした。だからそれについては文句を付けるにはお門違いとも言えなくは無い。そう言いながら茉由奈は笑っていた。

「それを言うと俺からも言葉は無いよ。結婚しているマユにそんな事をさせた責任は有るから……」

「そっかユウちゃんが悪いのか!」

 にこやかだった茉由奈は今度はケラケラと笑い始めた。明らかにそんな筈は無い事を解っているのに茉由奈は優斗に責任を付けた。

「まあ……それで良いよ……」

 優斗は本当にそれで良いと肯定していた。

 あなたが笑ってる。ならそれで良い。最近僕は本当にそう思うんだ。あなたの事が好きでしょうがないから。笑っていてほしい。その為ならば僕はどんな悪だって怖くはないんだよ。

 茉由奈はまだ楽しそうに笑っているのでそれで良い。

「でも今回のあの人の自殺の理由、ユウちゃんはどう思う?」

 やっと笑いを辞めた茉由奈は本題にしたかった事を語り始めた。

「自殺はマユに離婚されたからじゃなくて、浮気相手に捨てられたからって事? うーん、確かに落ち込むかもね」

 元旦那の見舞いをした時に聞いたのはそんな真実だった。

「擁護するの? ユウちゃんはあたしの味方じゃないの?」

 茉由奈は頬を膨らませて優斗を睨んだ。もちろん冗談なのである。

 だから怖くは無い。恐ろしい程愛らしい。

「そういう訳じゃないよ。俺はマユの味方で有りたいと思ってる。でも元旦那さんも嫁から捨てられ浮気相手にも振られた。そりゃあ死にたくもなるかも」

 男としては元旦那を不憫に思う事も有る。

「違うよ。あの人はあたしと別れた時は恐らく喜んでたんだよ。これで浮気相手と一緒になれるとか思ったんじゃないの。それなのに振られたから自殺なんでしょ」

 茉由奈の推理は当たっているのだろう。本人達はちゃんと話し合いをして別れている。

 優斗もそんな事は解っているが元旦那を勧善懲悪にするのもちょっとどうかと思う。しかし今は茉由奈に反論すると話が進まない。

「まあ、その浮気相手の方は妻帯者の旦那さんだから付き合ってたんだろうね。それなのに離婚した。重くなったんかな?」

「そのくらいなら付き合うなっての! 真剣に愛せ! あたしの横の人を見ろ!」

 茉由奈は知りもしない元旦那の浮気相手に怒っていた。やはり元嫁としてはその点も怒っているのだろう。

「俺はマユを真剣に愛してるよ」

 にっこりと優斗が笑う。

 そんな顔を見て茉由奈も笑顔になるがそれは一瞬の事だった。

「ユウちゃんはあたしの事、重くない?」

 そんな心配が浮かんだのだ。

「うーん……重い……」

「………………」

 時間を持たせながら話す優斗に茉由奈は言葉を無くしてしまった。

「って云ったらどうする?」

 うつむいてしまった茉由奈を見て優斗が笑う。

「馬鹿……」

 茉由奈の瞳には涙が有った。もうちょっとでそれは流れるところだった。しかし冗談だった事に安心したのかそう一言呟くと優斗をポコポコと叩いていた。

「マユの事は好きだからこれからもずっと一緒に居て」

 叩いていた茉由奈の手をとり優斗は見つめるとそんな事を語る。対する茉由奈からの返答は無かったがこくりと頷いた。

 高いところからまた雪が落ちて居る。

 もうずっとこれからも二人の心は暖かくて寒くなる事は無い。

 もう随分とこのベンチに座って話をしている。もう二人共かなり冷えてきている。茉由奈の頬は赤くなり、優斗の手はかじかんでいる。

 しかし二人共この場を離れたくないような気がしていた。

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