第43話
「この駅の近くなんだよね。マユの元旦那さんの居る病院」
電車を降りようと優斗が席を離れて茉由奈に聞く。
ホームに降りるとそこからは病院が見えていた。
そこには茉由奈と元は夫婦だった人間が居る。会いたくない。茉由奈にはそんな想いが有った。彼は茉由奈の浮気に続く離婚で自殺未遂を図ったと聞かされている。そんな人間に会いたい者なんて居るはずがない。どんな恨み言を言われるのだろうか。もしかしたらまた優斗が殴られるかもしれない。そう思うと茉由奈の足は地面にくっついてしまったのかと思える程に重くて進むのを辞めたくなる。しかし自分の右手には愛しい優斗が左手で引いている。それによって今は歩けている。自分だけなら恐らくはこの場で歩けないどころか逃げているだろう。それでも今は優斗が居てくれる。それは茉由奈にとってはとても心強い事。なので茉由奈は更に右手をしっかりと手を繋いだ。
それに気付いた優斗が茉由奈の方を見る。
そんな優斗に茉由奈は笑顔で答えた。すると帰ってくるのはやはり笑顔だった。幸せなひとときのおかげでちょっと茉由奈は元旦那に会う事も怖くなくなった。きっと会った時もずっと隣に優斗が居てくれて自分を助けてくれる。そんな理由のない優しさが有るから怖くは無い。
病院の正面に向かう信号で停まった時にその建物を睨んでみた。駅に着いた時は悪の城かと思えていたがそんな筈は無い。やはりただの病院だった。信号が青になると茉由奈は足が軽く進む。暖かい優斗の手をしっかりと握って歩いた。
「ユウちゃん。あたしもう怖がってないから」
病院に着いて元旦那の病室を聞いてエレベーターを待っていた時優斗が心配そうな顔をして見ていたので茉由奈はそう答えた。まだ手は繋がれている。まるで優斗から勇気を分けてもらってるようで嬉しくも頼もしい。エレベーターが着くと気が付かなかった優斗を茉由奈は手を引くように自分から歩みを進めた。
「俺も今回は穏やかに話すだけだからマユも心配しないで居てね」
エレベーターのドアが開く。段々と元旦那の元へと近付いている。優斗は茉由奈を安心させる為に語った。病室まではもう数十メートル優斗は一つ歩みを進めるたびにこれまでの茉由奈との事が浮かぶ。愛しい姿、寂しそうな声、返してくれた言葉、そのどれもが嘘みたいな日々だったが確かな現実でそしてそれは幸せだ。そしてこれからの幸せの為に今一つの事を終わらせようと優斗は進む。
着いたのは白いドア。壁には最近まで茉由奈そうだった苗字と知らない名前。二人は黙って並んでいた。どちらもノックをしようとしない。
「うーん」
理由の無い茉由奈の唸りがこだました。
「やっぱ辞めとこうか?」
そんな声を聞いて優斗はやはり茉由奈が会いたくないのかと思い聞く。今茉由奈が肯定すれば優斗は従うだろう。気分の重たい事は一度消えて二人で都会の街で適当に遊んで飲んだら茉由奈は忘れられる様な気がする。
しかしそれは逃げだ。解っている。そしてそんな事にすれば優斗に申し訳無い。そんな選択よりちゃんと全てを終らせてちゃんと優斗と笑い過ごしたい。今の茉由奈の心は弱気を選ばない。
「会うよ」
そう言うと茉由奈はドアを軽くノックをした。静かだった病室からは茉由奈にとってまだ聞き慣れている声で返事が有る。病室へとしっかり二人は進んだ。そこには特に病人とは思えず怪我の雰囲気も無い人間が暇そうにしていた。
「こんにちわ」
優斗はそこに居た人物に挨拶をする。これで会うのは二度目になる。茉由奈の元旦那は気まずい顔をして優斗を見ていた。それはその筈で誰も殴り倒した相手が現れたらあまり気分は良く無いだろう。そして隣には男から元妻だった茉由奈が優斗と仲良く並んでいる。
それから三人は会話をした。今回は喧嘩する事も無くちゃんとした話をする。
外には都会からすると厄介者と言われる雪が降っていた。綺麗な綿雪が舞っている。騒がしさが包んでいる都会の街に静けさを伝える様な雪となっていた。そんな冬の病院で話は静かに進んだ。
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