第42話

「やっぱり都会だな……」

 電車に揺られながら優斗は窓の外を眺めていた呟いた。

 郊外から中心地に向かう電車からは異様なビル郡に近付いているのが解る。昼過ぎの忙しくも無くなっているのだが田舎っ子の優斗にはやはりその都会ぶりには慣れない。

「あたしもあんな所に暮らしてたのかと思うと今更不思議」

 隣の茉由奈もそんなビルを眺めて言葉を返していた。

 誰もが一度は憧れる街。きらびやかに思える高層ビルは世界有数の都会。しかしそんな街に暖かさはそうはない。冷たい印象ばかりが漂っている。

「もうマユも田舎モンに戻ったの?」

 呟きから会話になる。それも二人には楽しい事。

「田舎モンってのは言葉が悪いけど……そうだね。若いころに憧れた所なのに、こんな街よりはあの故郷の方がやっぱり好きだな」

「おかえり。田舎モンに……」

 その馬鹿にする様な言葉に茉由奈は微妙な顔をしているので優斗は面白がって更に使う。

「わざと言わんでよ。因みにユウちゃんは田舎と都会のどちらが好きなの?」

 並んで電車のベンチシートに座る二人には会話が終わらない様子。

「マユが居ればどっちでも好き」

 にっこりと笑って優斗は茉由奈の顔を見た。

「そんな答えはズルいよ。あたしだってユウちゃんが居るのが一番なのに」

 茉由奈は頬を膨らませてすねる様な顔をした。

 優斗は今すぐにでもそんな愛らしい人を抱きしめたいと思ったが周りを見て諦める。流石に人が多くて気が引けた。

「だって本当の事なんだよ。例え自分が知らない様なビックリする程の都会でも人も住んでいないくらいの田舎でもマユさえ居ればもうそれで良い」

 窓の向こうを見て考えながら優斗は語る。その言葉に嘘は無くて澄んだ顔をしていた。

 遠いビルの横で鳥が舞っている。

「本当にそうだね。この人が居ればと思える事がこんなに幸せだとは知らなかった。ありがとうユウちゃん」

 茉由奈は笑っている。にこやかに。

 再会した頃の笑顔とは優斗からは違っている様に思えた。しかし違っているのは優斗の方なのかもしれない。

「じゃあさ、俺が本当に今の仕事をクビになったら二人で全く知らない所にでも住もうか?」

 ビルの合間を自由に泳いでいる鳥を見て羨ましそうに優斗は語った。しかしそれは単なる思い付きに過ぎない。

「うーん。どうだろうか……そうは言えどやっぱり故郷は捨て難いし……って言うか本当にユウちゃんクビになっちゃうの?」

 確かに二人の生まれ育った街は田舎だがちゃんと忘れ難い想い出が有る。元々二人が出会ったのもあの街。離れて哀しくなったのもあの街。そしてもちろん再会したのもあの街。そんな二人の記憶はあちらこちらに有る。そう簡単には捨てられない。

「どうなんだろうね?」

「そんな他人事みたいに言わないでよ」

 呑気にも聞こえる優斗の言葉に茉由奈は呆れて怒っていた。

「でも本当にどうなるんだろう? 会社の方針が解れば多分連絡がある筈なんだけど……全く音沙汰無しだからね……」

 謹慎している間、優斗の所には本当に会社からの連絡は無かった。

「ユウちゃんとしてはどっちなの?」

「どっちって?」

 もう怒ってない茉由奈は主語も無く話すので優斗は聞き直す。

 つぶらな瞳が自分の方をじーっと見ている。

「クビになりたいの? それとも仕事続けたい?」

 その瞳が瞬くと今度は声が聴こえる。優斗が今一番好きな音が耳へと届く。

「クビならそれでしょうがないとも思ってる。あんなにキレちゃったしね……反省はしてます。でも……うーん」

 話している合間で優斗は考え始めた。

「でも……どうしたの?」

 優斗は周りをするりと見回した。

 この時間電車には様々な人が居る。しかしその半数以上は仕事の為の移動なのだろう。

「マユと結婚するのならやっぱりそれなりに稼がないと……今の仕事もそう給料は高く無いけど、転職となると元より悪くなる事も考えないとだから残れるなら有り難いね」

 優斗はそう語ると茉由奈の顔を見てにっこりと笑う。すると茉由奈も笑った。

「宜しい」

 どうやらこの質問に優斗は正解した様だ。それよりも茉由奈は嬉しそうに笑っていた。

 しかしそれはほんのひと時の事だった電車の放送で伝えられたのは二人の目的地。

 それを聞いた茉由奈は気が重くなった。これまで本来の目的を忘れるくらい楽しかった。

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