第39話
実家に戻った茉由奈は母親にこっぴどく怒られた。しかしそんな母親も涙を流して単に当たっている訳では無い。その横で父親の方は静かに茉由奈の背中を叩き続けた。両親からの真っ当な愛を茉由奈は受け取っていた。
そして優斗は自分の家に帰ろうかと思ったが、しかし面倒もかけたとして茉由奈の父親が家でお茶でもと言う事を話す。考えてみれば茉由奈と付き合う様になってからこの両親二人ともゆっくり話す時間も無かった。
なので優斗も良い機会だと思いその言葉に甘える事にした。
久々に茉由奈の家に招かれたが雰囲気は昔とそうかわってなかった。とても懐かしい。今でも子供の頃の自分と茉由奈が走り回って居るような気がする。
そう優斗が思っていると茉由奈の父親に呼ばれた。ダイニングテーブルに座っている茉由奈の父親は日本酒の瓶とコップを持って待っていた。
「あたしも飲みたい……」
そんな言葉は茉由奈からだった。しかしその表情はただの好物を見つけた顔では無い。寂しい顔をして物事を忘れたいという様子。そんな事だから茉由奈の父親も頷いてコップをもう一つ用意する。皆が酔っ払ってしまってはしょうがないので茉由奈の母親だけは本物のお茶を用意して四人が座る。
「そういえばマユ、もう一つ怒る事が有った……携帯は電源を切ったら意味が無いよ。それも勘弁で」
ちょっと重い雰囲気になりそうだったので優斗が明るく話す。
「忘れてた」
茉由奈の顔は驚いたのと閃いたと合わせて言う。そして携帯を取り電源を付ける。その画面には数件の留守番電話がお知らせとしてあった。聞いてみるとそのどれもが優斗や茉由奈の両親からの心配する電話だった。その伝言を聞いて茉由奈は切なそうな顔になりながら三人の顔を順に見ていた。
「どうかしたの?」
そんな雰囲気だったので優斗が聞く。今の茉由奈はもうテーブルのコップを眺めていた。
「こんなにあたし心配させてたんだね。本当にごめん」
またも泣きそうになりながら茉由奈は語った。
そんな言葉に父親は日本酒を飲むと黙って頷いていた。そして母親の方は唯一酒も飲んでないのに説教が終わらない。しかしそれも強く言うのではなく茉由奈を明るくさせようと笑わせようとも思える話し方だった。
愛のある説教ではもう茉由奈も泣かない。心は暖まるばかりだ。今日の始まりまではすっかり冷めてしまって自分でも捨てたいとさえ思っていたこんな心なのに今ではこんなに愛おしい。これは優斗はもちろん父と母からの三人の愛によって託されたもの。
楽しくも思える話だったので優斗は面白く酒を飲んでいた。しかしふと思い付いてしまった。
「マユ……元旦那さんは今病院にいるんだよね?」
やっと説教が終わって落ち着いた茉由奈に優斗が聞く。一応茉由奈の両親達にも説明をしていたので誰にも疑問は無い。
そしてそれを聞いた茉由奈はまたそんな話かと渋い顔になっていた。
「うん……。あたしはそう聞いてる」
その言葉は呟く様に発せられてた。そして伏し目がちに酒に手を伸ばす。
「別にそんなにしんみりしなくても、俺は文句言うんじゃないよ」
優斗はにっこりと笑ってさえいた。
てっきり次の説教が始まると思っていた茉由奈はもうはてなになっていた。
「はっきり怒ってくれても構わないよ……」
それは優しさからだろうと思った茉由奈はブツブツと語る。
「そうじゃなくて、ちょっとお見舞いがてら会わないかなって思ったんだけど……」
優斗はそんな事を言う。
もちろん急な話。茉由奈には意味が解らない。
「どうしてそんな事を?」
茉由奈はからは驚きの言葉しかなかった。しかしそれも当然とも思われる。優斗はその相手にかなり殴られていた。そんな人に普通なら会いたくはないだろう。
「俺もちゃんと話したいしな」
「ユウちゃんもしかして酔ってる?」
確かに酒は飲んでいる。しかしその優斗の量は酔う程ではない。
「そんな事じゃなくて」
優斗は真剣な顔をしている。更にこれは冗談ではない。そんな事からくる表情だった。
「意味解らないから」
茉由奈の顔はやはり渋くてそんなに語る。確かに腑に落ちないだろう。だから茉由奈は困っている様子。眉間に皺を寄せてコップの日本酒を眺めている。
もうそんな話題なので茉由奈の両親は黙ってしまっている。
「今回の自殺騒ぎ。ちゃんと話を聞かないと。マユに責任が無い事をハッキリさせないとね」
優斗の心に今回の茉由奈の元旦那の自殺は別の理由が有ると信じている。茉由奈には全く責任は無い。ただそれだけを真に願っていた。
「正直言うと気まずいから会いたく無いよ」
どうして今そんな訳の解らない事を君は言うのだろう。もうあんな人には会いたくない。君が居てくれる。そんな無償の愛だけであたしはこの地に存在する。もうそれだけで良いのに。君に言われたのじゃなければ有無を言わさずに断ってるのに。気が重い。
「そんな事言わないの。実際この前まで夫婦だったんだから見舞いをするのは当然の事じゃないの?」
更に茉由奈は断然渋い顔になる。そして遂にはテーブルに伏せてしまう。そんな茉由奈に優斗は肩を寄せて伏せている顔を見てそんな説教をしていた。
そんな説教は間違って居なくて茉由奈の両親からもその事は賛成された。
「でもユウちゃんはあの人に会ったらまた喧嘩になっちゃうんじゃないの? それにもしそうなったら今度も殴られてるのを見てないと駄目なの?」
確かに優斗と元旦那が会ったのは一度だけ。散々殴られたあの時だ。それは茉由奈にはとても怖かった記憶しかない事件ともいえる。そんな心配をして茉由奈は語っていた。
「そんな事にはならないよ。ちょっと話をするだけ。元旦那さんも落ち着いてるだろう」
優斗は茉由奈の頭に手を置く。その手からは優しさが互いに伝わって共に暖かった。
「でもなぁ」
諦めが悪い。茉由奈は頬を膨らませて文句の様に語っている。でもそんな時はもうしょうがないながらも納得しているのである。
静かに飲んだ三人は程良く酔っていた。気分は良いが考えてる事はかなり澄んでいる。おそらくこれ以上飲んでしまうとそうは終れない。確実に楽しくなって騒いでしまうのは簡単に予想がつく。なので三人は名残惜しみながらも日本酒の栓を閉めた。
そして優斗は安心すると疲れたからと帰ることにする。しかしそれは心配をかけた茉由奈の両親への優しさ。親子三人で安心させようとしていた。そして玄関に向かう。流石に水浦親子よりは断然に酒に弱い優斗は若干足元が危うい。
そんな優斗を見て茉由奈が近くまで送ると言う。そんな事じゃあ優しさの意味が無くなる。しかし優斗も嬉しくない筈が無い。そして二人は海風が寒い海岸沿いの道を優斗の家の方に歩く。ゆっくりと歩いて石垣まで着いた。
すると茉由奈は自分の指定席に座る。
「俺、帰るって云ったよね」
にこやかに笑いながら優斗は語る。しかしちゃっかりと自分も横に座った。二人共この場所に居る事がもう好きになっている。
実を言うと僕も座るのを待っていた。自分からはどう話したら良いのかと歩いている時からずっと考えていたのに、あなたはそんなに簡単にこなしてしまう。ちょっとうらやましくて、そして恋しい。本当にあなたの事が好き。
別に面白い事も無い。単なる畑に有る石垣だ。しかしもう二人にとってはかけがいのない場所。
「ちょっとした酔さましだよ」
茉由奈の顔も笑いこんなに楽しくも語る。そんな筈は無い。茉由奈はそうは酔っていない筈。
しかしそんな嘘に対しても優斗は文句を言うつもりも無い。
「マユ……好きだよ」
にこやかに笑って優斗は語る。思い付く言葉はそんな事ばかり。もう茉由奈と再会してからこんな風にしか思い付かない。
しかしその言われた方も嬉しそうにしている。おそらく茉由奈も似たような事を思っているのだろう。
「あたしも好き」
ほらやっぱり。
茉由奈はにっこりと誰にも勝てないであろう笑顔で優斗を見ていた。そんな表情が優斗は一番好きなのだ。見てられない様な笑顔に近付く。
すると茉由奈は目を瞑ってそれを待っていた。
しかしそんな予想は外れて優斗は茉由奈の膝に横になった。優斗が見あげた茉由奈は驚いていた。そんな顔も愛おしい。
「急に甘えてどうしたの?」
優斗のおでこをペシンと叩いて茉由奈は笑っていた。全く怒っては無い。
こんな事をこの歳になってするなんて思っても見なかった。これじゃあ馬鹿なカップルじゃないか。しかし喜んでいるあたしも居る。君の弱さまでもが愛しくなっちゃうよ。
「人間、時には甘えたい事も有るんだよ。俺のちょっとした夢だった。それで? マユはどんな勘違いしたの?」
それはさっき目を瞑った事。
「別に……」
茉由奈は誤魔化していた。優斗から視線を外してあさっての方向を向いて居る。
そんな姿を見た優斗はケラケラと笑っていた。
「マユ!」
強くそう呼んだ。もちろん茉由奈は顔を振り戻す。すると優斗は起きあがったかと思うと茉由奈にキスをした。しかし照れてしまっている方は優斗だった。
嬉しそうに微笑んでいる茉由奈。
そして優斗は反対を見ながら黙って座っている。
「あたしユウちゃんの事、世界で一番好きだから結婚して!」
もう馬鹿なくらいこの二人はそんな事を云ってる。だが茉由奈から語った事はそう無い。
優斗の恋しさが茉由奈にも伝わっていたのだろう。
「知ってる。それに結婚はしようね。マユ」
逆プロポーズの答え。余りロマンチックな答えは考えつかなかった。そんな事はどうでも良い。二人にはその確認が嬉しくてしょうがない。存分に話して送迎も酔さましにもずっと余計な時間だった石垣でのデートはそれで終わる。
結果としては送るはずの茉由奈とは石垣の所で別れて、二人は別々の方向に歩く。
不意に優斗が振り返ると茉由奈は家までの道を歩いていた。じっと見てみる。すると茉由奈もこちらを見るように足を停めた。茉由奈はこっちに向かって手を振っている。もちろん優斗も振り返してみた。手を振り終えると優斗は拳を掴んでみた。茉由奈の愛しさが捕まえられたような気がして嬉しくなる。そんな愛情をポケットにしまって歩く。もうちゃんと捕まえている。そう簡単には逃がしはしない。優斗は確かな愛と共に家に戻った。
しかし当然犬の散歩の時間にはちゃんと二人はこの場所に戻って話をした。
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