第37話

 そして次の日の陽が昇る。毎日飽きもしないでちゃんとそれだけは訪れる。

 優斗は今日も自宅待機という休みを受けて暇そうにしていた。そんな事をしていると慌てた様子でインターホンが鳴る。

 現れた人物は茉由奈の母親だった。近所なので良く顔を合わせている優斗はどうもとばかりに落ち着いて挨拶を交わそうとするが、急に茉由奈の事は知らないかと聞かれた。意味が解らなかったがちゃんと昨日の犬の散歩の時に会ってからの事は知らないと告げると、母親は心配しかない表情でメモ紙を渡す。そこには確かに茉由奈の文字でもう戻りませんと書いてあった。

 母親の説明だと朝起きた時にはこの書き残しが有って、茉由奈は姿を消して居たらしい。

 そんな説明をしている母親はついに泣き出しながら優斗は茉由奈の居場所を知らないのかとすがるように聞いている。

 正直言うと解らない。全くどうしてこうなるのか優斗には理由が解らなかった。

 すると母親は昨日茉由奈の所に電話が有った事を話し始めた。その相手は茉由奈の元旦那の親からだったらしい。電話の最中茉由奈は驚いたかと思うと急に落ち込んだ声になりうつむいて自分の部屋にこもっていたよう。それで今日となる。

 そんな事を聞いて落ち着いて居られる筈も無い優斗は携帯を手に取ると茉由奈に電話をする。母親はずっとあっちが取らないのだと隣で話していた。ずっと呼び出し音が続いている。するとその音が消えた。

「マユ? どこに居るの? みんな心配してるよ」

 優斗は心を落ち着けて優しく話した。しかし返事は無いずっと遠くから雑踏の様な音が聞こえていた。

「ごめんね。ユウちゃん……」

 返事が無くても優斗は待っているとそんな言葉を残して電話は切れてしまった。茉由奈の悲しそうな声に優斗は携帯を見つめてうなだれた。

 母親が茉由奈の居場所を聞いている。

「解りません」

 今の優斗は自分の方がそれを知りたいと思っている。

「これからどうしようか」

 茉由奈の心は凍るように寒くなり語る。その場には仕事や学校に急ぐものが連なっていた。

 そんな中で茉由奈は旅行鞄一つを持ってずっとベンチに座り込んでいた。もう一時間以上こうしている。そんな茉由奈に次取るべき行動を考えていなかった。

 単に今の状況から逃げただけ。

 そんな茉由奈を探す人達はいた。茉由奈の両親と優斗だった。もちろん今日の仕事なんて休んで三人は手分けをして市内の思い当たる所を順に探していた。

 家の近所を探してもどこにも居ない。優斗は車で街の方まで探してみることにしたがそう簡単に思い当たる事も無く朝から営業している店を順に巡るしかない。

「どこにいるんだよ」

 こんなに探しても見付からない茉由奈の事を心配に思って優斗は車のハンドルを叩いて愚痴ていた。

 居場所を聞こうともう一度茉由奈に電話をしてみるがもう電源が切られているようで繋がりもしない。優斗は顔を伏せてしまった。どうしてこんな事になってしまったのか解らない。やっと幸せになれると思っていたのに、愛する人が消えてしまった。

 優斗は心の中でずっと茉由奈を呼んでいる。

「しょうがないね……もうさよならだよ」

 ベンチに座ってうつむいてた茉由奈は顔を挙げるとそんな事を語る。涙が一つその瞳からは落ちていた。

 そんな眼がとらえたのはこの街からは遠く離れた地方の名前。今居る場所。バスセンターからは一番遠くへ向かう路線で時刻表に刻まれた数字は近付いていた。

 そんな茉由奈もずっと優斗の事だけを想っていた。さっきの言葉は優斗へと語られていたのだった。

 車で伏せていた優斗にそんな言葉は物理的に届かない。そんな筈だった。しかしその時優斗には言葉が聞こえたような気がしてふと目を開けると霞んだ視界にはバスセンターがぼんやりと映りそこに茉由奈が居た。

 もちろん確証は無いが優斗はすがるような思いでバスセンターへと車を走らせた。時間的にもう通勤ラッシュも終わってバスセンターは人が減っていた。優斗は着くとすぐに茉由奈を探した。居ないかもしれないそんな人を必死になって探していた。

 田舎町なのでそう目が回るほど路線が有るわけでもなく待ち合い所の数はそう無い。

「マユ!」

 その声が聞こえた時茉由奈は気のせいか聞き違いだと思った。自分の一番想っている人からの言葉だったから。しかしそんな筈はないとうつむいてバスのステップを登ろうとした時、手が掴まれた。

 確かな暖かさが伝わる。茉由奈の知っている暖かさだった。

 そんな嬉しさと信じられない心と共にゆっくりと振り返った。

 冷たい風が暖房の効いたバスへと吹いていた。

 その場には優斗が居た。必死さと心配と安心とを合わせたような不思議な顔をして茉由奈の手を取っていた。

「どうして……」

 居るはずの無いと思っていた人が現実に自分を見ていた。今の茉由奈の心は嬉しくて仕方がなくすぐにでもそんな愛しい人へとすがりついて泣きたくなる。しかしそれと一緒にそんな事は許されないという思いがつのり手を払ってしまった。

 ずっと繋いでいたい筈のその手が離れると暖かさが嘘だった様に思える。

「マユ。取り敢えずは話をしよう。黙ってたら全く訳がわからないよ。ちゃんと言わないと想いは伝わらない」

 やっと掴んだ手を離されてしまった優斗は無くなった暖かさを忘れまいと強く拳を握った。

 そして振り戻って進もうとした茉由奈のそのか弱い背中に優しく語る。まずは理由が聞きたい。自分に直せる事ならどんな事でも考慮する。そして助けられる事だったなら本当に世界が敵になろうと味方をするそんな想いで優斗は語っていた。

 もう二度と離れたくない人そんな者と別れない為の言葉。

 その言葉を聞いた静かな背中が震えていた。泣いているのだろうそれは優斗でなくとも解った。二人はずっとバスの邪魔をしているが他のものからそんな事を咎める事は雰囲気から居なかった。

 茉由奈はやっと振り返った。ゆっくりとまだどうしたら良いのか自分でも考えてる様に。しかし優斗の顔を見た瞬間それまでの思考は全て消えてしまった。

 自分の考えなんて無視をしてただその愛しい人にすがりついた。

 バスはやっと定時を過ぎて目的地へと進み始めた。その原因となった二人を残して。

「ごめんなさい」

 茉由奈の瞳からは儚くそんな想いと語る。やっと降りることにした茉由奈はその双眸に涙をたたえていた。こんな事にまでなってしまったのにまだ自分の事を追ってくれる優斗の事が嬉しくて仕方が無い。そしてさっきまでそんな人を捨てようとしたそう思うと自分がどんなに愚かだったのかと解りまともに優斗の顔を見れないでいる。

 そんなうつむき加減の茉由奈に対して優斗は落ち着いていた。茉由奈の両手を取って安心した様子で微笑んでいた。それはもうずっと会えなかった人を思う様な雰囲気で居る。

「マユが居て良かったよ……こんな所じゃまともに話もできないし移動しよう。それにお義父さんとお義母さんも心配してるよ」

 優斗は茉由奈の肩を優しく抱くとそう語った。本当に安心したからある言葉だった。そして茉由奈の肩がカタカタと震え始めていた。泣いている。

 もう会わないと思っていた愛しい優斗が側で微笑んでくれている。そして自分がどんなに周りに面倒をかけたと思うと申し訳ない。

 二人はそんなそれぞれの想いを背負ってゆっくりと歩く。しっかりと歩きながらも茉由奈は優斗からは離れない。

 車に戻ると優斗は茉由奈の両親に電話をした。どちらも安堵の様子だったが母親が茉由奈と話すと泣いて怒っていた。そんな声に更に涙を流した茉由奈を見ていると優斗は心が痛い。そう思いながらも優斗は車を進めた。

 茉由奈の母親からちゃんと今回居なくなった訳を聞いてくれとの要望を受けて喫茶店へと走る。

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