第36話
普段ならこんな時間に居る筈のない家に帰るとちょっと清々しい思いと共に軽い恐怖の様なものも一緒にいた。その思いがどうしてなのかは優斗にも解らない。取り敢えずは落ち着かない。普段なら仕事で疲れている事もあるから適当にゴロゴロするのも悪くない筈なのだがそうもしてられない。なので優斗は普段着になると石垣に向かう。指定席に着いて座ると茉由奈に会いたいとメッセージを送る。
「仕事どうしたの?」
急に呼ばれた茉由奈は驚いた顔をして現れた。まあ、当然の事だろう。こんな事は今まで無かった。
「まあ、取り敢えずは座ったら? 因みに今日の勝負は俺の勝ちだよね」
ポンポンと優斗は隣の石を叩いて勧める。
「それは反則負けでしょ……って質問に答えてよ」
反論をしながらも茉由奈はその進められているいつもの席にストンと座った。
「やっぱり聞く?」
にこやかに笑いながら優斗はそんな風に言うが聞かない人間は居ないだろう。若干ながら話したく無いような気もする。はっきり言うと優斗は気が重い。
「悪い事有ったの? あたしの噂の話?」
横に座った茉由奈は腕を掴んで心配そうな顔をしている。
「うーんと、そうでも有るし違うとも言える」
そんな表情をしているので優斗は簡単に言えないでいた。
「どうなんかちゃんと事を話してくれんと解らんよ」
茉由奈の顔はもう怒るかの様に居た。
「ちょっと上司たちに文句言われて俺、キレちゃった。本当にクビになるかも……」
横で険しい顔をしていた茉由奈に対して優斗はにっこりと笑って悪びれずに話してみた。暗い話題。笑ってないと話せやしない。
「どう言う事?」
そんな言葉を聞いた茉由奈は目をぱっちりと開いて優斗を見つめ時間が停まっていた。
「聞き流そうとは思ってたんだよ……でもずーっと続くしマユの事悪く言う奴も居てついクビにしてもって風に云ってしまった」
「ユウちゃんって本当に馬鹿なの?」
即答だった。茉由奈は考える暇も無いほどのスピードで答えた。そして今度は目を細め眉間に皺まで寄せている
「馬鹿……なのかもしれない」
そう言われた優斗は一瞬考えたが反論する事も無く軽く頭を抱えて呟いた。解ってはいた。しかしちゃんとそう自分以外に言われると二の句が継げない。
「間違えない馬鹿だよ。クビにって自分から言わないでしょ普通」
「そうですよね……」
会社での強さはどうしたのかもう忘れてしまう程に優斗は説教を受ける様になっていた。肩を落としてどうしてかうつむき加減で茉由奈の隣に座っている。
「どうしてそんな事を言うのか解らんよ」
茉由奈の顔はもう呆れてしまい手を額に当て俯き語る。
「やっぱマユの事悪く言われるとあかんなぁ……」
優斗は蒼い天を見ながら語るとふと茉由奈の方を視線を移す。
「ユウちゃん……そんな事云ってもあたしは喜ばないからね……」
そうは返している茉由奈だったが顔を両方の手で伏せている。おそらくは嬉しいのだろう。
それを期待していたのではないが優斗は助かったような気がする。
「マユは会社をクビになるような人間とは付き合う事考えられない?」
若干優斗は頭を抱えながら考えると気になってる様に聞く。
「そんなことは無いよ……別に気にしない。流石にこれからは働かないとか言われたらちょっと考えるけど貧乏でもユウちゃんと一緒に居られたらな」
考えてる暇も無かった。茉由奈は直ぐに言葉を返していた。
その言葉に優斗は心底ほっとした。これで捨てられたらどうしようもない。
「働かないとは言わないよ。マユの為ならどんな仕事だって怖くない。仕事を選ばなければ普通な生活は簡単」
まだクビになるとは確定していないのだが二人はそんな事を想定して話していた。
「しかしクビか……ショックやなぁ」
「だからどうして本人の俺が気にしてないのにマユがそんな風に思うの?」
うなだれてしまった茉由奈に対して横で笑ってさえ居る優斗が話す。
「だってあたしの……にも責任は有るんやし」
茉由奈は途中で言葉を考えて言い直していた。
「しつこいけどマユには全くこれっぽっちも責任無いからな! そんな事より暇になったから今日も飲まない?」
二日連続と言えどそんな事は気にならない。茉由奈にとっては毎日飲み歩いても別にそれは楽しいだけとなる。しかし即答で賛成はしなかった。
それどころか難しそうな顔をして考えている。
「ちょっと待ってよ」
優斗は予想が外れた。茉由奈ならば返事はオッケーだと思っていたからだ。
「どうしたん。マユらしくも無い」
じーっと茉由奈は優斗の顔を見ていた。
そんな瞳を優斗もじっと見つめてみた。普段は笑って細くなる愛らしい目だが今はちゃんと開かれていて黒目までしっかりと確認できた。そんな若干漆黒ではないブラウンの瞳を見ると自分が映っている。好きな人の視界にちゃんと居れている。
「今日は飲まない。ユウちゃんも謹慎なんでしょ。反省しときなさいよ」
全く予想外の言葉を茉由奈は発していた。しかもその顔に笑顔は無いので冗談を含んでないのが解る。
「解った……」
そんな事でデートの約束もする事もできずに優斗はトボトボと帰った。どうしてあんなに愚かな事を云ってしまったのだろう。一歩地面を踏みしめる度に優斗には脅される様に自分の声が聴こえるような気がしていた。反省はしている。確かに自分が悪い。どんな事を言われようと黙って要られるだけの自信は有った筈なのに。それが本当の意味で茉由奈を守る事にもなるはずだったのに。しかし現実はそうではなかった。
茉由奈はそれからも暫く石垣に座って考え事をしていた。その表情は最近見たことも無い程に険しく悩んでる様子だった。
そんな日の犬の散歩でも特に会話は弾まなかった。ずっと茉由奈は暗い表情で優斗の元気付けようとする言葉に聞いても居ない雰囲気で相槌を打つばかりだった。
そして夜もふけた頃茉由奈はとある人物からの電話を受けた。
「もしもし……お久しぶりです」
かしこまって茉由奈はその電話の相手と話していた。
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