第18話

 二人がまたメッセージのやりとりで過ごしてそれから三週間になるが、お互いに簡単には会いたいと言わないで居るためにもちろん直ぐに会おうと言う事にはならない。しかし、あくまで優斗の居る街は茉由奈にとっての地元であり、両親はもちろん年老いた祖父もまだ住んでいる。その祖父は茉由奈の事を良く面倒を見てくれて、近頃はすっかり痴呆が進んでいたが昔の事は覚えている様子で、茉由奈に対してはずっと中学生のような接し方をしていた。

 そんな人が急に亡くなった。ちょっとした風邪からの入院。そしての死で、誰も予想がつかず本当に急だった。茉由奈も好きなおじいちゃんだったので危篤との知らせから急いで戻ったのだが、帰路の途中に訃報を聞いていた。

「どうして、こんな事になっちゃたんだろう……」

 例の石垣で優斗が座っていると、通夜の合間に休憩しようと茉由奈が外に出た時に気がついて近より、まずそんな泣き言を話す。

 もちろん近所の優斗は事情を聞いているし、茉由奈の祖父も当然知っている人間である。だから石垣で待っていた。

「俺も聞いてビックリしたよ……」

 つい数日前の休みの日にひなたぼっこをしていたおじいちゃんに優斗は声をかけられていた。とは言えど、その時の接し方は優斗にも中学生に対するものだった。

「別にそれだけじゃないの。あたしの覚悟が無かったんやなって」

 茉由奈は顔を伏せながらもちゃんと言う。

「覚悟ってどういう事?」

「これだけ離れた所に住んでるんだから、身内の不幸の時には会えないと思ってないと……」

 涙を拭いながら潰された声を払う。

「まあ、遠いからね……」

 間違ってはいない事から、とても優斗には茉由奈を励ます言葉は見つからなかった。

「ちょっとは考えてたんだけど、実際になっちゃうと哀しいよ」

「うん」

 優斗はちょっとでも悲しみを和らげようと待っていたのに、もう完全に言葉を無くして聞き役となっていた。

 こんな時に貴方の力になれない自分が情けない。誰よりも貴方のことを救いたいと思っているのは僕なのに。それでもまだ僕は貴方の力になれないのか。弱いな。優斗は心だけでそんな一言を呟いていた。

「しかも親戚のおじさんにおじいちゃんが亡くなる時にあたしに会いたがってたって言われたら、もう落ち込むしか無いよね」

 この時の優斗の表情に茉由奈は話が暗くなっている事に気が付いてそんな事を言うと、ぎこちない笑顔を作っていた。そんな笑顔が逆に優斗にとってどうしようもなく切なく思えた。更に言えばおじいちゃんが会いたがっていたのは確かで、優斗が会うたびに茉由奈の事を話していた。

 月が海の近くに浮かんで二人を照らす。

「あんまり落ち込むなよ……笑ってるマユの方がおじいちゃんも好きだったと思うよ」

 気休めの言葉をどうにか紡ぐが、良い事は簡単に見付からない。

「ありがとうね、ユウちゃん。もう戻らないと」

 茉由奈が石垣から降りると涙を拭いて普段の顔に戻る。しかし、それは当然笑ってない。優斗にとって茉由奈の普通の顔は笑っている姿なので、今の悲しげな表情は合わない。

「俺も後から顔出すし、葬式にも参列するよ」

 世話になった事も有り優斗も元々そのつもりだった。

「宜しくお願い致します。なんちゃって」

 茉由奈の顔はもう笑い、ちゃんと元の通りになって帰る。だが、それが強がりな事なんて優斗には直ぐに解ってしまう。そんな強がりを見せられるのが痛い。

 海の方からは茉由奈の心を表すような冷たい風が吹いていた。

 それから優斗は喪服に着替えて茉由奈の家を訪れると、おじいちゃんを知る人々が思い出話を寂しそうに語り過ごしていた。焼香に向かうと遺影の側には茉由奈が座っていて、目と鼻を赤くしてまだ泣いていた事を示していた。

 この通夜では優斗と茉由奈は話せる事も無く終わってしまった。

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