第17話

 郊外からの電車だったので乗った時は楽に座れたのに、いくつかの駅を過ぎるにつれて人がどんどん増えて、乗り換えをするともう座るどころの話ではなくなり二人はどうにかドア横の手すりを確保していた。

 電車は退勤中の会社員がほとんどで、優斗は茉由奈を守る様に壁際にかくまい自分の背中でガードする。向き合う様になり目の前に互いの顔が有る。茉由奈はふとさっきのキスを思い出して視線を優斗から外す。

「どうしたの?」

 頬を赤らめているのが解った優斗は茉由奈に聞く。

「別に……」

 照れ隠しなのか茉由奈は膨れた様な顔をして、横を向いて素っ気なく返した。

 そんな姿すら愛らしく思えたので、優斗はスッと耳打ちでもするかの様に顔を近付けると、ほっぺに軽くキスをした。

 そんな事に驚いた茉由奈が優斗を見るとニッコリと笑っていた。

「付き合ってるから普通なんだろう?」

 ニコニコとまだ笑いながら優斗は簡単に話す。

「悪い、とは言わないけど……ズルい!」

 笑われて居るのは気分が悪いらしく茉由奈は更に膨れたが、今度は横を向かないで優斗に引っ付いて顔を埋めた。

 暫く二人がバカップルっぷりを楽しんでいた。すると電車の放送が目的の駅に近づいた事を知らせていた。

「もう着くよ」

 離れようとしない茉由奈に優斗が優しく言う。

「ずっと次の駅に着かなければ、まだ一緒に居られるのにね」

 茉由奈はそう言うも今だに顔を離そうとしないで居た。君の心臓の音が聞こえるよ。とても優しい音を奏でている。あたしに安らぎを与えてくれるそんな音。

 電車のドアが開くと、やっと離れて二人は駅を歩く。駅には会社員から旅行客の様な人まで様々な人が往き来して、真っ直ぐに歩くのが困難に思える程。優斗は離れないように茉由奈の手を引いて進んで、程なく歩くと新幹線ホームに辿り着く。

 今回の二人の分かれ道となる場所である。

「また会えるよね」

 ホームに有ったベンチには風の通る寒さの為か人は居らず、殆どの人がエアコンの有る待合室に集まって居たので、二人はあえて静かなベンチを選んだ。

「あたしも会いたいけど、今回みたいにユウちゃんにしんどい思いさせるのはちょっとね……」

 ただ冷たいだけの足元を眺めながら茉由奈が言葉を返す。

「会えるのならこんな事くらいは。でも、マユの都合も考えないと……人の奥さんだし……」

「ユウちゃんはその事、気にしてるんやね……」

 今回はそんな話題になる度に二人共が黙ってしまうが、どうしても付いて来てしまうのでこれはしょうがない。

 沈黙している間もホームの時計はコツコツと針を進めて優斗の乗る新幹線を近付ける。

 ふと優斗は茉由奈の肩に頭を寄りかからせると呟く。

「マユ……」

「どうしたの?」

 そんな仕草を嬉しそうにして茉由奈は返事をしていた。

「好きだよ」

「私も」

 そう言うと顔を挙げ現実を知らせる電光掲示板から、優斗は目をそらして茉由奈を見つめていた。

「今度もズルいかな?」

 そう言うと茉由奈はすぐに意味が解って首を振るとキスをした。時間が停まっている様に思えて、気付いた時には新幹線に乗り過ごしたかと思ってしまう程ゆっくりと進んでいた。

「好き……」

 聞こえない程小さく呟いた茉由奈が優斗に抱き着く。その時に新幹線が到着していた。

「もう、時間だよ」

 優斗は最後にもう一度ギュッと抱きしめると離れ、新幹線のドアを通る。茉由奈は黙って下を向いていた。それはドアが閉まってもなお続いていたが、優斗にはその理由は解っていた。

 その時に茉由奈は泣いていた。

「ユウちゃん……」

 進み始めた新幹線に茉由奈が声にならない聲を発していた。

「マユの泣く姿は見たくないよ」

 ドアの窓に額を付けて優斗は独りごちていた。それは心からの本当の想い。

 もう新幹線はスピードを上げ近くの風景は見えない程になって、遠くの光だけが流れている。

 見たくない涙の別れから数時間、優斗は地元に戻っていた。さっきまでいた都会ならまだ賑やかなのだろうがこの街はもう静かに眠っていた。それが余計に二人の遠さを表しているようで切ない。

 優斗が無事到着した事をメッセージで知らせると、直ぐに茉由奈からは返事が有った。取り敢えずは安心した事と会いに来てくれたお礼の文字列が並んでいた。もう深夜なのを気にして優斗の返事は最小限にしていた。

「まだずっと話したいのにな」

 茉由奈の方は自宅で丸まって座りながら携帯を手にして、ため息を吐いて窓の外を眺めていた。

「次に会えるのはいつなのかな……」

 天に有る月を優斗が見上げた時にふいに呟いていたが、その時茉由奈も一緒の月を見て一緒の事を考えていたとは二人は知らない。

 しかし、その次は程なく訪れた。

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