第16話

 午後からはそんな事を忘れた訳では無く、二人共が気にしているのを隠して笑っていた。折角の時間のないデートなのにそんな事でおじゃんにはしたくない。結構普通に都会の街を歩いてみたりしていたが、二人には特に目的もなくって強いて言えば、お互いが楽しく会話をする時間を作ってるみたいだった。

 十分なくらいに話をして、二人はずっと意味もない観光を続けて時間を進めていた。でも、それは二人にとって一番楽しい時間にもなっていた。

 かなりの時間が過ぎて、辺りが茜の絵の具で染まった頃に次のごはんにすることにした。夕食は昼間の酒が残ってるのも気にしないで、居酒屋を目指す。辿り着いたのは別になんの変哲もない安そうな店だった。しかし、二人共別に高級店を好まず、そういう雰囲気の店が好きなのだ。

「飲むぞー!」

「今日は送れんから程々にしとけよな」

 茉由奈は気合と共にビールを注文して、適当につまみながら次々とジョッキをあけた。豪快で惚れぼれするような飲みっぷりだ。

 優斗は帰りの事も有るのでちゃんとセーブをしているけれど、その向かえの茉由奈は全く気にしてないみたい。また今のジョッキも無くなってしまった。

「酔えない……」

 ジョッキをドンッとテーブルに置いた茉由奈は心底恨めしそうに語る。楽しくって好きなお酒なのに茉由奈はちょっと目つきを悪くていた。

「嘘言うなよ。見てるこっちが酔いそうだ」

 しかし、考えて見ると昼間のワインも酔っている雰囲気は全く無かった。茉由奈はお酒には強いのに飲んでしまうと、直ぐにほっぺたを赤くしてしまう。でも、今だってそんな事は無い。

「だって、全然普通なんやもん。意外と楽しいんだけど、どうしたんかな?」

 ずっと茉由奈はケラケラと笑いながら自分が可笑しくて、更に酔えてない笑えてしまう。茉由奈が思うのは、楽しい理由は優斗と一緒に居るから。それでこんなに笑えるんだけど、この間飲んだ時のはしゃげる程の気分の良さにならない。楽しいのに、腑に落ちない。ちょっといつもの自分とは違う気がしていた。

 そんな風に飲んでいると時間はすぐに過ぎる。今からでも新幹線等を乗り継いでだと、優斗が地元に帰る頃にはもう真夜中になってしまう。

「もう駅に向かわないとな……」

 そう言うと店を出る優斗に続いて、茉由奈はやはり酔ってない頭を軽く振って疑問符を浮かべながらも後に続く。

「帰りは新幹線にするんだ」

 別れるのを寂しそうに茉由奈は聞いた。暫く歩く事を選んだ。二人の時間を少しでも稼ぎたいのはどちらも違わない。

 二人はロマンチックに閃く夜景の見える海沿いの遊歩道を進む。

「やっぱ、ちょっとしんどいかなって思って、朝のうちに切符買っちゃったし」

 そんな事を言われるとずっとあなたの側に居たい。そんな想いは切りが無いほどに募っている。寂しそうな顔をしないでよ。離れたくはないのだから。

「遠いね……」

 こんな事からも二人の住んでいるところの遠さが照らされる。

「そうだな……帰りもバスで良かったかも」

 優斗は今更残念そうに語っていた。そうすればまだ若干の時間の余裕は有る。

「気にしないで。寂しくなんかないし」

 そう言うと茉由奈はニカッと笑い数歩スキップして振り返る。

「本当に?」

 茉由奈が停まって見ているので、優斗も歩くのを辞めて見つめていた。

 嘘を付いてることなんて直ぐに解るよ。

「嘘……寂しいよ。離れたくない」

 ほらやっぱり。

 茉由奈はさっきまで笑っていたが、その顔を伏せて答えてた。

 すると優斗は一、二歩と歩み寄ると優しく抱きしめる。

 そんな優斗の腕の中で、茉由奈すんっと鼻を鳴らして泣いている。

「嘘つかないで……素直なくらい我が儘なマユが俺は好き」

 言葉を聞いた茉由奈は優斗の背中に腕を回すと、ぎゅうっと抱き付いた。

 そんな圧力が優斗にはとても愛おしく、いつまでも二人は抱き合っていた。

 遠く海の向こうから照らす街の明かりきらびやかに閃いている。

 暫く黙って抱き合っていると、ふいに茉由奈が顔を挙げると見つめ合う。茉由奈の瞳は涙の責任で真っ赤になっていた。次の瞬間その紅い眼は閉じられると、優斗が顔を近づける。そして二人の唇が重なった。ほんの数秒の出来事だったが、二人はファーストキスの様な雰囲気で照れあっていた。

「急だからびっくりした」

 今度は頬も赤らめる茉由奈は照れ隠しに海の柵に走り寄ると、にこやかに話していた。

「俺もキスするつもりは無かったんだけどね……ごめん」

 優斗はそんな楽しそうに話す茉由奈とは対照的に暗い顔をしていた。

「どうしてごめんなの?」

「やっぱ悪かったかなっと思って」

 首を捻る茉由奈に申し訳なさそうな優斗が語る。

「別に悪いことじゃないよ。私達付き合ってるんでしょ? だったらキスくらい普通やんか」

「でも、マユはもう結婚してるから……」

 優斗の現実の言葉に、茉由奈は背を向けた。

「それは言わないで……」

「でも、事実やから」

「そうだけど、今だけは忘れたい。ユウちゃんと二人だけの時間を想っていたい」

 茉由奈は海の方だけを向いて、横に首を振って答えてた。

 風景に負けない美しさが有る。どんな仕草も優斗には愛らしい。

「俺には忘れられない事なんよ! マユが誰かの隣にいることなんて」

 優斗はつい声を荒げて話してしまった。怒るつもりなんて無いのに。でも、その心に開いた虚は痛い。

「そんな事ないよ……だって、」

「ごめん……もう言わないよ。それは話したら駄目な事だから」

 そんな茉由奈の話を聞かないで、優斗は今の話題を辞めようとする。この時の優斗の顔は笑顔になって居たが、それが作り笑顔なのは茉由奈にも直ぐに解ってしまった。

「ちゃんと話してよね」

 茉由奈からは再び涙と共に話されていた。

「この話は終わり。もう新幹線の駅に向かわないと」

 無情に進む時計の針だけがまたもや二人の間を切り裂いてしまう。

「うん」

 二人は黙って歩き最寄りの駅から都会の中心となる駅に向う。

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