第15話

 すると丁度昼になったのでこの店の軽食ですまそうかと話したが、折角だからと違う店を探しに駅周辺を歩く。

 余りお洒落な街では無いのだが、別に大衆食堂が並んでる訳でも無いので、適当なイタリアンのお店を見付けて昼食にする。サラダとピザをそれぞれ一つ、そしてパスタも一つにしておいた。お腹が減ってないのではない。理由は別に有る。

「カンパーイ」

 昼間っからワインをグラスでなくボトルで頼んだ。こんな贅沢をしたことなんて、普段お酒にあまり縁がない優斗には無かったこと。

「昼から呑むなんてな……マユは普段こういう事も有るの?」

 優斗は熱そうに湯気を上げているペンネアラビアータを、自分と茉由奈の分を取り分けながら疑問を投げる。

「うーん、と……こんなお洒落なとこではないかなぁ。家で独り呑みは結構有るけど……缶ビールだしなぁ」

 そんなにお洒落と言うほどでも無い。店はファミリー向けのイタリアンで、ワインも種類が選べる訳もない。それだけに普段の茉由奈の侘びしさが浮かぶ。

「昼に?」

「結構寂しい暮らしぶりでしょ」

 茉由奈はにこやかに笑いながらグラスを傾けて居る。

 だが、優斗が茉由奈のそんな姿を想像してみると確かにそれは寂し過ぎる。自分の好きな人が寂しい思いをしているのかと考えると、心に針が落ちたように痛くなった。

「旦那さんと飲まないのかよ」

 サラダのレタスをフォークで運びながら優斗が聞く。まだそちらの方が良いのかもしれない。優斗自身は望んではないが、茉由奈が寂しそうにしているよりはマシかとも思う。

「旦那は飲めないから……それどころか酒飲む女はキライなんだって。その嫁がこんなのだから笑っちゃうよね」

 そう言うとビスマルクピザをアチッなんて言いながらおつまみにしていた。チーズがビヨーンと伸びて実に美味しそうに微笑んだ。そんな姿に優斗はさっき思った寂しそうな茉由奈を消されるような気がしていた。

「それは昼から飲んでるから言うだけじゃないの?」

「違うよ。あたしだって旦那がいる時は飲まないよ。それこそ時間なんか問わずに。正直なところ、人と飲んだなんてこの前が本当に久し振りなんよ」

 茉由奈は楽しそうに話しているが、心境はそんなどころの話では無いだろう。

「じゃあ、旦那の居ないうちに飲んでんのかよ」

 優斗もピザに手の伸ばしながら聞く。茉由奈の旦那の事なんて聞きたく無い自分もいるのだけど、気にならないと言えばそれは嘘だ。だからこんな風に話題にしてしまっている優斗も居る。

「それもちょっと違う。別に『居ないうち』じゃなくて最近帰ってこないんだよね。だから休みの日くらい飲んでもって思って。こりゃあもう、やけ酒だね」

「へー、忙しいんだ」

 ワインの渋さが広がる。それは本当に渋いのか、心がそう思わせているのか優斗には解らなかった。

「違うんじゃないのかな? あたしが居るとこに帰りたくないんやない?」

 茉由奈はあっけらかんと笑いながら話すが、軽い事ではない。けれど、茉由奈の笑顔は嘘のエッセンスなんて全くない。本当にそう思って普通に笑っているのだった。

「それを聞いた俺は素直に喜んで良いのか?」

「好きにすれば」

 直ぐに帰ってきた茉由奈の言葉に、優斗は一拍考えてからボソリと言う。

「忙しいんだろ……」

 一応、そう思うことにしておいた。そして優斗は喜ばずにワインを飲み干した。この話題は思わぬ事故になりかねないと、これまでにして、違う話をして楽しく過ごした。

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