第9話

 そして次の日からも犬の散歩の時間には茉由奈はいつもの石垣で待っていた。二人は並んで取り留めのない会話を楽しむだけなのだが、ずっとお互いが笑っていて、時には一時間以上に渡り、犬が飽きて居眠りを始める事にもなっていた。

 これまで優斗にとって楽しいばかりの毎日が続いていたが、そんな事はずっと続く訳もない。茉由奈の帰省の日にちも終わりとなる日は近付く。それはもう一週間も無いので優斗の休みも無く、デートする日は残されて無かった。

 とうとう茉由奈の帰る日が明日に迫った石垣での時間。二人のテンションは残り僅かな事から低かった。

「もう明日なんよね……あんま時間なかったね」

 切なそうな顔をして茉由奈は優斗の方を見ていた。もうあたしは君と離れたくないと言う思いすら有る。それは世間から言わせれば許されないことなのかもしれない。だけどこうして二人で会うだけで、話してるその瞬間が楽しくてしょうがない。楽しい時間から逃れたくないと思ってどうして悪い。茉由奈の心では正義と本心がいつまでも戦っていた。

「そうだな……でも、ちゃんと想いを伝えられて良かったと、俺は思ってるよ」

 今日は月が明るい夜だから、二人の後ろには影が伸びていた。

「篠崎……これで会うのは終わり……なのかな……」

 視線を優斗から外して、そんな月を見上げて茉由奈は泣きそうな声になり話す。

 そんな茉由奈の肩に優斗が手を置き二人の視線が合う。

「そんな事は無いよ。俺は真剣に三浦の事が好きなんだ。これからもずっと待ってるから……」

 その後の言葉が続かない。

「うん。信じる。けど、一つお願いして良い?」

 涙が今にも流れそうな瞳で茉由奈は頷いて語る。

「どうしたん?」

「嘘じゃないなら、抱きしめて」

 石垣から飛び降りた茉由奈は優斗の正面に向かい合うと、目を瞑って静かに両手を広げて待つ。こんな事を頼む事すら間違いなのかもしれない。だけど、まだ君からちゃんとした愛を受け取ってない。言葉だけでは足りないそんな確かさを信じたい。

 優斗は静かに石垣から降りると、照れながらも近付き茉由奈の肩に腕を回して優しく抱き寄せる。

「三浦に嘘なんか言わないよ。こんな想いどう伝えたら良いのか解らない程、好きでしょうがない」

「あたしも好き」

 しばらく二人は明るい月の照らす元、抱き合っていた。心が繋がっている。愛は二人を許していた。

「やっぱり明日、送るよ」

 離れた二人はちょっと照れくさかったので、優斗が思い付きを語る。本当は仕事で諦めていたし、茉由奈からも遠慮されていた事。

「休めるの?」

 茉由奈は自分の思いを横に置いて、優斗の仕事の心配をしていた。

「有給使って無いし、断られたらなら、風邪引くよ」

 対する優斗は気楽そうに仮病まで使うと宣言をしている。

「そうまでしなくても」

 ちょっと困ったみたいに茉由奈は眉を下げて居たが、実は嬉しかったりもする。

「俺が送りたいんだから。……ダメ?」

 そうまで言うので茉由奈は俯きながらも笑顔になり首を振っていた。

 その後、優斗は上司にすぐさま連絡すると休みの申請をする。正直にズル休みまでする覚悟を言うと、どうにか休みを与えられた。普段の優斗の真面目な仕事ぶりを評価された事だった。

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