第8話

 楽しみにしていた休日は直ぐに訪れる。待ち合わせはいつもの石垣。どうにも近くて便利な所である。優斗は気を張る事も無く普段着に通勤用の車で茉由奈を迎える。対する茉由奈も普段と似たような格好で待っていた。

「待った?」

「全然」

 そんな若干古いお手本みたいな会話に二人は笑う。

「阿呆人間達だよなあ」

 楽しそうに優斗は笑い話して居る。そして茉由奈も向かいで笑っていた。

「阿呆な事すらも、時には良いと思うよ!」

 そう言うと茉由奈は車に乗り目的地を目指す。

 車内は思う存分華やかなに会話が弾んで、笑いが絶えなかった。田舎の特に見るところも無いような商店街を歩いてみたり、地元だから意外と見たことも無かった観光地を眺めたりした。どれもこれもが楽しくてしょうがなかった。そして夕方になると映画館へと向かう。二人が選んだ映画は最近の流行りもので恋愛映画。しかし、それは最後にヒロインが死んでしまう。そのシーンにふと隣を見ると茉由奈は涙を淡々と流して泣いていた。

 それから優斗はちょっとお洒落な居酒屋をチョイスした。知らない店だったが、料理も美味しいとの評判の店。この日の為に優斗はかなりリサーチした様子。

「泣いてたねぇ」

 お洒落と言えど賑やかな店内で、優斗は映画の時の茉由奈を笑っていた。

「あのヒロインの娘が可哀想だったんよ。これからが幸せな時だったのかもしれないのに」

 笑われてることが気に召さないのか、茉由奈はぷくっと膨れていた。そんな姿を尊くも見ながら優斗は映画を思って考える。

「それを言うなら主人公の方もじゃないかな?」

 やはり物語では男は男に女は女に自分を重ねて見てしまうのだろう、二人の意見は合わないが、それは良いことに会話となった。

「どうかな?」

 茉由奈は考えた末にやっぱりわからないとばかりに、疑問符付きの返事をしていた。

「そうだよ。少なくともあの主人公は今の俺よりは幸せじゃないよ」

 向かい座っている茉由奈を見ているだけで、優斗はそう思っていた。すると茉由奈と視線が合った。

「確かにあの二人は今のあたし達よりも随分と可哀想」

 ニコリと笑い茉由奈は真っ直ぐに優斗を見ていた。

 そんな茉由奈に優斗は深く目を閉じてから見直す。

「今は幸せ?」

 聞いてはならない事と、話した瞬間優斗は思ってしまった。しかし、茉由奈は笑みを崩す事無く頷いていた。

「あたしは幸せだよ。そっちは?」

「それを俺に聞くんか?」

「だって確かめておきたいから」

 茉由奈は楽しい会話を続けるみたいに、テーブルに両肘を付いてそこにあたまを載せて聞いている。それはもうニコニコとしているのは言わなくても解るだろう。

 でも、対面に座っている優斗はそんな顔を見れないでいた。別に嘘を付いているとか、そんな次元の話ではない。今の茉由奈の姿が恋しくて直視出来ないのだった。つまりは照れていると言う事。こんなに素敵な人が今は浮気だったとしても自分の恋人だと思うと、優斗は静かにガッツポーズさえしてしまいそうな心境になっていた。

「幸せだよ……」

 優斗はボソリと語った。

「えっ? 聞こえないなー?」

 明らかに聞こえてる風なのに茉由奈はわざと年寄りの様に耳に手を当てながら聞き直した。

 しかし、そんな茉由奈にも笑顔が有ったので、もちろん優斗だってこれは聞こえてるのだろうけど、自分を茶化す為に云ってるのだと解っていた。

 すると優斗はそんな風に耳をかざしている茉由奈に近付いた。

「とっても幸せだよ! 世界の全てが祝福してくれてるのかと思うくらいに!」

 さっきとは違って優斗は音量のレベルをかなりあげていた。そうこれは仕返しなのである。

 茉由奈の耳はワンワンを鳴っていた。ちょっと怒ろうかとさえ思ってしまうけれど、その言葉に心は嬉しくなっていた。だからちょっとした冗談で許そうと思った。

「うるさいなー。耳が馬鹿になったら治療費払ってよ!」

「おーこわ、三浦に脅されるー」

 言葉こそは怒っていたけれど、そのトーンは確かに楽しそうだったので優斗も冗談だと解っていた。

「笑い事じゃないよー。三億で許しておこう!」

「そのくらいだったら安いもんだ」

「オイ! 篠崎の脳みその方が馬鹿になったんやない?」

 楽しい会話ならこの二人はいつまでも続けてしまう。

「元から馬鹿だけど、ちょっとは賢いよ。三浦の事を好きって言えるんならそのくらい俺は本当に払っても構わない」 

「馬鹿じゃないの……」

 今回は優斗の勝ちになってしまった様子。茉由奈はちょっと照れてしまった。

「でも、今はそんなに金が無いから、取り敢えずビールで許しといて」

 こんな冗談で楽しい時間が終わってしまうのはもったいないので、優斗は茉由奈に話を続けようとガソリンを与えた。

 もちろんそれに喜んでしまう違う意味でお酒には弱い茉由奈だった。

 そんな事があったからなのかこの日の酒は酔やすかった。それは二人共で数十分もすると楽しくて仕方が無い様子で笑い話し続けた。

「それじゃ、またね!」

 代行運転で帰った二人は石垣の所で分かれる。茉由奈は未だに楽しそうに酔っていて、笑いながら帰った。いつかの背中とはかなり違う。

「足元に気を付けて帰れよな」

 そんな事を言った瞬間に、茉由奈はわざとよろけたフリをしてから、振り返って笑った。素敵な笑顔に優斗は足取りも軽く、家の方に戻って迎えた犬を普段は無い事にあやしていた。

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