第6話

 駅のタクシー乗り場まで優斗は星を眺めながら歩き、茉由奈はその背中を見ていた。普通ならさっきの話を聞いたので寂しそうに見えるのだろうが、今の優斗の背中は楽しく飲んだ人間にしか見えない。

「それで?」

 数メートル前の、酒によって揺れる優斗の背中に向かって、茉由奈が聞いた。

「なんだよ?」

 振り返らずに歩き続けている優斗が返事をする。

「その人に想いは伝えるの?」

 その言葉に優斗がピタリと壊れた時計の秒針の様に、一度歩みを停める。

「良いんかな?」

 壊れた時計はガリガリと音を響かせるように針を逆に進めて振り返る。

「知らん……けど『好き』はちゃんと伝えるべきかもね」

「そうかな……」

 停まってる優斗を楽しそうにタタタンとステップを踏むように茉由奈は追い越した。そして反転すると優斗をにこやかに見る。

「失敗も含めてだけどねー」

 笑顔の茉由奈は楽しく酔っていた。二人はタクシーでは言葉も交わすことなく静かに帰った。

 二人の家の中間辺りでタクシーを降りる。これでさよなら、となるところだろう。でも、優斗は帰ろうとしなかった。優斗は再会した時に茉由奈が座っていた石垣に腰掛ける。

「俺……やっぱ酔ってるな」

 石垣に座って優斗は俯きながら呟いていた。そんな姿を楽しそうに茉由奈が海を見ている。

「歩けない程とは君は弱いんだねぇ」

 そう言う茉由奈の足取りはしっかりしているが、有り得ない程のテンションの高さは酔っている事を差し引いても普通では無い。

「別に歩けない訳じゃないよ」

「なら、どうして酔ってると自覚する!」

 反論する優斗に茉由奈はクルリと回転すると指差していた。ケラケラと笑っている。

 そんなどこまでも楽しそうな茉由奈を、優斗は遠くを見るように眺めていた。二人は見つめ合い、つい茉由奈が更に笑いそうになった時、優斗は石垣から飛び降りた。

「好きな人に好きと伝えたい」

「ふーん。頑張れ! 人間困った時はアルコールの力を借りるのも悪くないよ」

 笑う茉由奈に対して、優斗は真剣な顔をしていた。

「三浦。好きなんだ」

 予想外だったのか優斗の言葉を聞いたその時から二人の言葉は途切れてしまい、数分間規則正しい海からの波音が響いていた。

 温暖な地方とは言え冬も近い海からの風は頬を刺す様に冷たく、二人の酔いを覚ますくらいに吹いていた。

「篠崎。君は酔ってらっしゃる。あたしを驚かせようったって、そうは問屋は卸さない!」

 静寂に茉由奈の笑い声が広がる。

 だが、優斗は笑わない。真剣な表情のまんまで居る。

「こう見えても俺って、酔っていても結構普通に思考は出来るんよ。そして記憶を無くすこともない。真剣」

「とか言えば信じると思ってるでしょ」

 茉由奈は優斗に近付くと肩をポンポンと叩く。全く今の言葉を信じてはいないかの様子で語っている。

「想いは伝えるべきなんだろ? そして、俺は失敗するんだ」

 辛そうな雰囲気の優斗だが伏せる事も無く、茉由奈を真っ直ぐに見つめていた。

「……っ」

 呟くような小さな返答。しかし、それは言葉になる前に消える。

「ずっと子供の頃からもだけど、中学の時にちゃんと好きになったんだ。その時はまだ良いだろうって勝手に思って、高校も今の距離から振られたら戻れないと思うと怖くて、それからはいつかは忘れるのかもって思ってたけど心に三浦はずっと居て、お前が結婚したら祝えるとさえ思ってたのに実際は笑えもしなくて……今日会ったらやっぱり好きで、だからさ、もう終わらせて……」

 優斗の瞳からは一粒だけ涙が流れていた。

「馬鹿」

 振り返った茉由奈は呟くような声でそれだけを残して走り去った。

 海辺の道を僅かな月の明かりをまといながら、自分の好きな人が走って離れる。

「終われたのかな」

 優斗の呟きは、こちらも月の灯に照らされてる。茉由奈の去る方向をいつまでも優斗は眺めていた。終わることの無い恋だと思っていた。もう、そんな事をを諦めてこのまんま伝えることすら無く、自分の物語はいつか急に終わるのだと考えてた。それはしょうがないとも言える。しかし、現実は違った。僅かな傷を残してもあなたに伝える事ができた。それは哀しみなんかじゃない喜びだ。優斗の顔はどこか晴れやかにも見えていた。

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