第3話

 そして夕陽がすっかり海の向こうに見えなくなって、辺りが薄暗くなる頃、やっと二人は家に帰ることにした。

「楽しかった。きっと、篠崎とお酒でも飲んだら楽しいだろうな」

 優斗が石垣から降りると、茉由奈は夕焼けに照らされながら、実に寂しそうな表情を見せて語っていた。それは昔には見たこともない表情で、優斗はちょっと不思議な印象を持っていた。

「そんな事ならいつでもお付き合いしますよ」

 都会に居た時の面倒な社交辞令ではなく本当にそう思った優斗が返すと、茉由奈は急に嬉しそうな顔に変わる。これこそが昔っから優斗が知っている茉由奈の表情である。

「篠崎って飲める人なの? 雰囲気的には下戸に見えるけど」

 どう見たらそう思えるのか優斗は疑問に思ったが、良く自分も考えて見てみると茉由奈はどう見ても酒には強そうに思えた。どちらも単純なカンでは有る。

「普通よりかはかなり弱いけど、酒の席は好きなんよ」

 事実優斗は普段から晩酌を楽しむ人間ではないが、かと言え会社等の飲みの席にはちゃんと居て、普通くらいには酔ってる。

「そうなんだ。今のあたしの周りは飲めない人ばっかりだからつまらなくて……」

「じゃあ、飲みに行くか……都合の良い日は?」

 ちょっとした雑談でもこんなに笑顔が絶えないのだから、茉由奈との酒は優斗も確かに楽しそうと思っていた。だからこんな事も云ってしまう。旧友との再会。お酒での話もしたくなる事。

「あたしはいつでも都合は良いよ。今日でもね」

 そう言われると優斗は自分のスケジュールを思い浮かべて考えた。と言う事はこちらの都合で日にちを合わせてくれる。別に仕事も営業職ではないので他の人との約束なんてこの最近全く無い。そうなると一番宜しいのは休みの前の日。それなら二日酔いでも次の日に悩ませられる事は無い。そうなると来週になる。次に良いのは疲れの少ない休みの日、それは今日だ。

「一週間後か、若しくは今日だな」

 一度うーん、と唸ってから冗談半分に優斗は今日を含めて言う。もちろん今日と言うのは冗談なので、そんな事は無いだろうと優斗は考えていた。

 すると茉由奈は顎に手を当てふーんという雰囲気で数秒間考えた。その顔には楽しそうな笑みが見て取れる。既に答えは頭に有る様子。

「じゃあ、今日で!」

 まさかとは思ったが茉由奈からの答えはそんな言葉で、優斗はちょっと呆れてぽかんと口が開いたまんまになっていた。とは言え優斗から出した条件で、特段断る事情も無い。アホな顔からやっと直ると、優斗はちゃんとオッケーの答えを言い、時間を決めてこの場は一度分かれる。

 思わず長時間となった散歩だったが、犬はもう飽きて散々あくびをしていたので文句も無く家に帰れた。

 ひょんな事から飲む事になってしまった。考え直すと二人きりで飲むという事、これは普通から言えばデートと言えるのだが相手は結婚している。それを考えると良かったのだろうかと思ってしまうが、何よりも相手の茉由奈が賛同している。これは単なる旧友との宴会だと思う事にしての約束の時間までの暇を潰した。

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