第1話

真っ暗だ。何かとても頭に強い衝撃を受けた感じがする。割れそうだ。

「彼は泥で足を滑らし、転んだ時にたまたま、石に頭をぶつけたのです」

どこからか声が聞こえる、さっきまで何もない空間で聞いた声の主だ。

それにしても、頭を打ちつけて死ぬなんて情けなさすぎる。

「いえ、死んでないです?」

え、どういうこと?

「だって、あなたが生きているのではないですか」


ん?


「その体はただ気絶しただけでした。そこにあなたの魂が入っただけです」

それってこの人の生活に色々問題が出るのじゃ。

「心配いりません。あなたと全く一緒の性格の方を取り替えましたから。それに脳はそのままです。これから行う行動や、今までの記憶はそのまま残っているでしょう?」

確かにそうだ。この人の名前はヌーベル。今まで農作業の息子として生活している人だ。

「ちなみに、その体の主だった人は今あなたの体に入っています」

え?

「つまり、入れ替わりというものですね。なかなかエモいシュチュエーションではないですか」

いやそれは、入れ替わりの人と出会う可能性があるからエモいのであって、会う可能性ゼロなのに入れ替わっても。

「では、あとは頑張ってください」

え?

「ちょっと待って!? 頑張れって言われても!」

「好きなことをしたらいいですよ」

そんな無責任な。

「第一こんな訳のわからない世界に勝手に連れてこられて、あとは頑張ってくださいって。...ちょっと無責任すぎない?」

「じゃあ、元の世界に戻りますか? いつもと何も変わり映えのしない灰色の世界に」

うっ... そう言われるとあまり戻りたくないような気持ちになってきた。

「だったら何か目的があるじゃない!? これから魔王を倒しに行く勇者として頑張って、モテモテになりハーレムを築くとか」

「やりたければやったらいいじゃないですか」

「え?」

あまりにもびっくりしたのでつい声が出てしまった。

「やりたければやったらいいじゃないですか。

しかし、この世界には魔王なんてものは存在しません。暴君ならたくさんいますが。それを魔王と呼ぶのならお好きにどうぞ。 倒せるほどの度胸と力もあるとは思えませんし、もし倒したとしても英雄と讃えられるかは知りませんが」

...は?

「いやいや、異世界ってなんかダンジョンに潜って色々なモンスターを倒していってお金沢山稼いでお金持ちになってモテモテになるとか」

「やりたければやったらいいじゃないですか」

「だ・か・ら! そのために何かチートのスキルとか技術とかが授けられるんじゃないの?」

「やり方がわかっているゲームをやって何も苦労せず攻略して何が楽しいのですか?」

え?

「別にそんなことやるなとは言っていません。好きにしたらいいじゃないですか。しかし、何も今まで積み重ねてない、普通なあなたにそんな簡単すぎることをさせたら、結局前の世界と変わらない灰色の景色になってしまいますよ。」

そう言われるとそんな気がしてきた。

「第一、そんな姿観ててつまらないですし」

なんか本音が見えた。

「まあ、頑張ってください」

「ちょっと!」

何も聞こえない。

「おーい!」

呼びかけても反応ない。

愕然とした。こんな訳のわからないところに放り出されて一体何をしろというんだ。

まあでも幸い、記憶はあるから今からしなければいけないことは知っている。

それは、畑の仕事。

そう考えると途端にやる気が全くなくなってきた。

やりたくない。

そう考えたらとりあえずへたれこむことにした。

近くにあるちょうどいい石に座る。

はあ... 帰りたい。

そう思って少し時間が経った時、遠くから人が走る音が聞こえてきた。

音のする方に反応で見る。

見てみると、ヌーベルの親父が走ってきた。

俺はサボっているのを怒られるだろうなと思い、咄嗟にどう叱られるかを頭の中で必死に考える。

目の前にきた。俺にとっては大きな覚悟だが側から見たら小さな覚悟を決める。

「大丈夫か? 鍬を取りに行っただけなのに、長いこと来なかったから心配したぞ」

え? サボっているのを怒られると思っていたがどうやらそうではないみたいだ。

「少し休むか?」

そう言われてせっかくだからそうしようと思った。

「少し、歩いている時に滑って頭をぶつけて...」

「そうなのか!? 大丈夫か!? まあ休んどけ」

ヌーベルの親父は俺に座ったままでいいと促し、少し時間が経つと倉庫から鍬を持ってきた。

後でゆっくり来るように言われ、ヌーベルの親父は自分の畑に戻っていく。

(怒られなかったな...)

それが逆に少し申し訳なくなり、一緒に着いていくことにした。

(これは...)

畑は荒れた土だけで全く何もなく、だだっ広い土地の端に家がポツンとあるだけだった。

なんでなんだろうと、記憶を掘り返してみる。

(なんだ、収穫して終わった後か)

ヌーベルの親父は畑の中に入っていき、おもむろに鍬を振り上げ畑を耕す。

(まさか、これ全部耕すつもりか? 野球場三つ入る広さがあるぞ)

俺は、めまいがしそうな気分になる。

何も言わずにただ鍬を上から下に黙って振り下ろすヌーベルの親父。

なんか、少し申し訳ない気分になる。

優しくしてもらったのもあるし、俺は近くに落とすように置いてあるもう一つの鍬を手に取った。

ヌーベルの親父は少し俺に振り向き、その後はすぐ作業に目を移した。

(それにしても、気が滅入りそうだ。この広さの畑を全て耕すと思うと)

しばらくすると腕が痛くなってきた。

ヌーベルの親父は俺の近くまで来て、俺に言った。

「力任せに振るな。まず肩の幅と同じぐらい足を開く。左足を少し後ろに。 膝は中腰。 柄の先を左手で握り、拳一つ分開けて右手で柄を軽く握る」

手取り足取り教えられて心なしか少し楽になったような気分になる。

(結構いい親父だな)

ヌーベルの親父は俺に教えた後、すぐに自分の仕事に戻った。

同じ単純作業なのでいろんなことが頭の中に浮かぶ。

今、元の時代にいる俺の体はヌーベルが入っているんだよな。

一体、どんな生活をしているんだろう。

気になったがわかる方法もないため、俺は昔のことを思い出す。

子供の時やってたゲーム、またやりたいな。

ストーリーが良かったんだよな。自分がモンスターに生まれ変わって、パートナーになるモンスターに助けられて。

一緒にダンジョンの中に潜る探検隊で頑張っていくんだよな。

またやりたいな。

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