2 とりあえず女の子助けてみた。

 週明け、母親が都合よく出張先の大阪から2日だけ帰ってきたので、やましくもないし正直に高額当選してしまったことを伝え、未成年だし受け取り一緒に行ってほしいことと10億の処遇についてはお任せするという話をした。

 いつもニコニコしている母親も衝撃でしばらく表情を失っていたが、一連の俺の行動は特に咎められず、受け取りにも付いてきてくれることに。お金の使い方に関しては、これも放任。しかしまだ18歳なので色々と制限はついた。

 1つは酒タバコや賭け等の20歳未満が禁止されていることに手を出さないこと。

 また、20歳までは車など高額な買い物、株、FX等は勝手にしないということ。

 そして、俺が高校時代からねだっていた運転免許取得費用は自腹ということ。

 学費は親であり子供が学校に通っている以上、教育を受けさせる義務の範疇なので負担しなくてよいということだった。ここで「公立大学の学費くらい払ったって痛くもかゆくもないけどね」みたいな余計なこと言うと大変なことになってしまう未来が見えたので、それは黙っておいた。

 また、最後に

「夕青、あんためんどくさがりだから大金手に入った今、バイトしなくてもいいとか思っているかもしれないけど、人生経験として週1回でもいいしなんでもいいからとりあえずバイトはしなさい。この4つが、大金を夕青に預ける条件。まあ、お父さんとお母さんの仕事の都合で1人暮らしさせちゃうってのもあるから、これはそのお礼も兼ねていると思ってね。」

「うん。ありがと、母さん」

 そんなこんなで俺は10億を手にしたわけだ。


 それから数日、俺は相変わらず大学で授業の話し合い以外で人と話さない生活が続き、ひたすら創作活動をしては投稿する日々。更にはなんのバイトがしたいか考えながら、どの教習所に行こうか考える日々。

 そして今日は・・・

「俺、初めてだぜここ来るの」

「そりゃ大体の人がそうだよ。こんな高級焼き肉屋。でも・・・」

「「ぜってー美味しいよな‼」」

 俺らが来たのは横浜駅近く、我々の家からも徒歩10分くらいの全国的に知れた超高級焼き肉屋。

 これは「当たったら是非俺を飯に連れて行ってくれ」という誓いを清算すべく、俺のおごりで腹いっぱい高級焼き肉を食わしてやるという俺の優しさを体感するお食事会となっている。

 予約してあった個室に案内され、メニューに並ぶ4桁以上の肉たちにまずは驚くものの、俺らには莫大な焼肉資金があることを再確認。そして食べ盛り男子大学生たちは、店側がドン引きするほど肉を頼んでは美味しそうに平らげ、腹八分目で支払い。ここはもちろんニコニコ現金払い。支払いはぎりぎり5桁だったがもちろん支払い能力はあるので、そこでは店員さんを驚かせたのだった。


「いやー沢山食べた、まだ食べ足りないくらいだけどな」

「うん、高い肉は脂まで美味しいもんだね」

「帰りにスーパーの割引総菜と飲み物買い込んで二次会だな」

「そうしようか」

 そういって俺たちは高級焼き肉に満たされた腹を撫でつつ帰路についた。

 横浜駅西口から、俺らの家の方に帰る途中、そこは地元民も夜には近づきたくない少し、いやそこそこに治安の悪い地域を通る。そこでは女の子たちが買われるのを待っているんだけど、俺はそんないつも見かける光景の中に見逃せないものを見てしまった。

 まずは、ちょっとイカつい男に手を引かれているのに抵抗している光景。まあ、言っちゃなんだけど基本的には直ぐにペアができてどっか行ってしまうんだけど、そんなんじゃなさそう。

 そして、何よりもその女の子が

「あれ? 杉田さん?」

「お、どうした?いつもの光景じゃ・・・なさそうだな。でも、ああいうのは部外者が下手に手を出すと痛い目に遭うぞ?」

「いや、あれ大学の人だわ。この前講義で少し話すことがあったから。でも、こういう感じの人じゃないと思ったんだ・・・けど・・・?」

 その瞬間だ。杉田さんが一瞬こっちを見て、目が合った。

 そしてその目は恐怖が映っていた・・・ように見えた。ので、俺はそっちに歩き始めた。

「はぁ、知り合いとはいえ、他人の痴情のもつれに無暗に手を出すべきじゃないと思うんだけどなぁ」

「今度はアメリカまでファーストクラスで連れて行ってやるから手伝ってくれないか?人手はあって困らないし、春樹は腕っぷし自信あるだろ?」

「まあ、なきゃついて来ねえよな?」

 そういって俺たちは杉田さんとコワモテ男に近づいていく。

「お兄さんすいません。その子、俺が買おうと思ってツバつけてたんです。譲ってもらってもいいですか?」

 そう切り出すと、お兄さんは杉田さんから手を離す。俺に視線が向いている間に春樹は杉田さんの手を引いて俺たちから少し離れたところに誘導していく。

「おいガキ、ツバつけてたって言ってもな、先着順だから今日は俺があの子を楽しむんだよ」

「いや、としても手引っ張ってたし、嫌がってたじゃん。」

「あーなんか気分悪くなってきたわ」

「そうかい、じゃあ今日のところは・・・‼」

 気分の悪くなってきた兄ちゃんは俺に対して思いっきり殴りかかってきた。もちろん俺はそれを躱す。俺には人を殴る心得が無いので、躱すだけ。そして春樹と杉田さんの逃げる時間を確保・・・したかったけど、上背も殴り合いの経験が相手に比べると流石に少ない俺にとってはちょっと厳しい戦いだ。

「春樹、杉田さん、走って逃げて!」

 おう、と言った春樹は杉田さんの手を引いて走り始める。そして俺は2人とは逆方向に走って逃げる。男はやはり俺の方についてきた。少し走ると、もう男はついてきておらず、俺は人目があるところ、見通しの良いところを通って平沼橋駅の方に歩いていった。


 階段を上がったところの駅の改札前で2人は待っていた。

「夕青、いつからあんな度胸を発揮できるようになった?」

「まあ大学生にもなれば、な?」

 とはいえ、まあこんな経験2度とごめんだ。

 そして俺らは一旦、保護するために杉田さんを家に連れていくことにした。もちろん杉田さんの同意は取っているけど、今は憔悴していて喋れる状態じゃなさそう。うなずいて返答してくれた。

 ・・・駅からそこそこ近い俺たちのマンションまでの道中、俺らはさっきの兄ちゃんとの早すぎる再会を果たしてしまった。

「あ、もしかして付けられていたか・・・?」

「そうみたいだな」

「ちょっともう振り切れる自信ないかなぁ」

「じゃあ役割チェンジで。」

「・・・頼んだ」

 そんな短い会話を交わして、俺は杉田さんの手を引いて家から離れる方に走る。同時に春樹は俺たちと兄ちゃんの間に入る。

 そして俺は春樹を信じて逃げ・・・ずに角を曲がってすぐのコンビニに入る。

 時間が少し遅いこともあって、店員さんはワンオペでお客さんも誰もいない。「何か食べたいものとか欲しいものとかある?」と杉田さんに聞いてみたところ首を横に振ったので、俺はおにぎりとパン、温かい飲み物をいくつかカゴに入れてレジに向かった。

 会計を済ませてスマホを見ると春樹から「撃退成功、夕青宅で合流」とメッセージが来ていた。「お疲れ」とメッセージを返したら、俺は杉田さんの手を引いて家の方へ歩き始めた。

 と言っても1分くらいで着くんだけど、再々度お兄ちゃんと感動の再会を果たすわけにはいかないので警戒心MAXで帰宅する。こんなに心安らがない帰宅は初めてだ。

「あ、あの、今更なんですけど、私が家に上がってご家族の方にご迷惑掛からないですか?」

「ああ、誰もいないから大丈夫だよ」

 そう言うと、杉田さんはちょっと気まずそうな顔で「あっごめんなさい・・・」とリアクションをしてきたので

「あ、誤解を生むようないい方しちゃったね。両親とも出張でいなくて姉は1人暮らししてて家出て行ってるから誰もいないってことね」

「よかったです。あまり触れてはいけない話かと思ったので。」

 そう言うと杉田さんは今まで硬くしていた表情を少し和らげた。よかった。ずっと表情筋が凍り付いていたから一安心。

 そんな会話をしていると我が家のあるマンションに到着。辺りを見回して誰もいないことを2人で確認して中に入り、5階の我が家に到着。鍵を開けると部屋は明るく温かい。そしていいにおいが漂っている。

 先に帰ってきていた春樹と夜食を拵えてリビングで杉田さんと3人で食す。

 俺はテレビをつけて、録画してあったお笑いの番組を付けてみる。俺と春樹はけらけら笑いながら飯を食う。杉田さんはおそるおそる口をつけて、それから普通に食べ始めた。そして俺らにつられるようにテレビを観始めれば、少しずつ笑みもこぼれてきた。それをみて、俺と春樹は杉田さんに見えないようにガッツポーズ。

 そのまま結局10時過ぎまでテレビを観て、お互いに特に何も会話をしない時間が続いたんだけど、

「そろそろいい時間だし、杉田さんは家帰った方が良いんじゃないの?」

「確かに、あんまり遅いと家族も心配するでしょ?」

「いえ、家に帰っても誰もいないのでご心配なく。それを言うならお二人はいいのですか?」

「俺らは二人とも一人暮らし中だからご心配なく」

「とは言っても、あんまり男が実質二人暮らしの空間ってのも杉田さんが居づらくない?」

「いえ、そんなことないですよ」

 いつも家に1人だけだから、こうやって同年代の「友達」(ここ嬉しいポイント)とお話ししているのはとても楽しい、と杉田さんは語った。

 ちょっと踏み込んで話を聞いてみると、お父さんは杉田さんが小さいころに亡くなっていて、今はお母さんと2人暮らしだったんだけど、お母さんが病気で入院していて実質一人暮らし状態だそう。そんなもんだからお金が無いので近所の公立の大学に入り、それでもお金が無いので体売って生活費を稼ごうとしたらしい。今日が初めてだったみたい・・・

 そんな話を聞いていると、俺も春樹もちょっとコメントしづらい感じに。杉田さんの言葉を借りれば「あまり触れてはいけない話」ってやつだ。

「・・・答えたくなければ答えなくてもいいんだけど、お金ってどのくらい必要なの?少し長い目で見て」

「え、うん。まあお母さんの治療費はお母さんのお金だから、学費と生活費が最低でも必要かな。とりあえず100万くらいかな?でも大丈夫。必死にバイトして、足りなければ節約して、それでもだめなら・・・今日みたいなことをすればお金稼げるから。」

 そんなこと笑って言わないでほしい。もっと自分のことを大事にしな。だったら・・・

 そんなことを脳内で考えていたら、素晴らしい解決策を1つ思いついてしまった。スーパーお節介だし、とても迷惑かもしれないけど、今の俺にとっては最善の策なのではないか。

 そんな迷いはあったけど、顔を上げると気丈な笑顔でこっちを見ている杉田さん。そして俺の考え至った策に同じく思い至っただろうが立場上提案しづらいだろう春樹も悩みの表情を浮かべている。

「ねえ、杉田さん。」

「はい、何でしょうか?」

「ちなみに、今日はいくらで体売っていたの?」

「?? え、まあ・・・1万円・・・だけど・・・?」

「そうか。じゃあ俺、杉田さんのこと買って良い?」

「え? ちょっと、中山くん何言ってるの? そんなこと急に言われても」

「でも、さっきまでやる気だったわけでしょ?」

「いや、そうかもしれないけど、でもだって、今の流れで?」

「おい、夕青しっかりしろ!何考えてるんだ」

 そして頭に衝撃が走る。そして俺はとんでもないことを言ってしまったことに気付く。あわわわわ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。土下座しながら謝ると、杉田さんも許してくれた。心が広くて良かった。

「ごめんなさい。俺が言いたかったことは、つまりお金貸しますってこと。そうだなぁ、とりあえず」

「ちょちょちょっと待って!そんなお金なんて借りれないですよ。」

「まあまあ待てって陽菜ちゃん。実はコイツ、この前宝くじで10億当てたんだ。元々お金に困っている訳でもないから、気持ちとして受け取ってもらえると、夕青的には嬉しいと思うんだ。」

「うん。まあ、そういうことなんだ。だから折角仲良くなれた友達が困っているなら助けてあげたいんんだ。」

「・・・で、でも」

 そういってから、杉田さんは悩むしぐさをして直ぐに答えを出した。

「やっぱりお金を借りるわけにはいきません。いくらお友達とは言え、お金のやり取りは関係を崩壊させることだってあります。しかも今回は大金です。さすがに受け取る訳にはいきません。」

「そうかー・・・どうやったら受け取ってもらえるかな」

 なんか話変わってきてませんか?と冷静なツッコミが入ったが、無視。そして俺は今日イチ思考をぶん回す。

 お金を渡すときに相手が断れない時ってどんな時だ?そもそもお金をもらうときってどんな時だっけ?お小遣いとか、給料とか・・・

「じゃあ、陽菜ちゃんを夕青が雇えばいいんじゃない?部屋は空いているから、住み込み1年契約で100万とかだったら、一般的な大学生のアルバイトよりも少し貰ってないくらいだけど、ここに住んでいれば今の家の光熱費をゼロに抑えられるし、税金的にも問題は無いし、大学生の男女同棲なら世間的に見ても問題じゃないし。まあ両家族の同意を得るか完全に隠し通さなきゃいけないっていう問題は発生するけど。」

「あーもうなんで俺より先に回答にたどり着いちゃうかな?とてもいい話じゃん俺は全く問題ないよ。契約金は先払いにすれば、直近の支払いにも対応できるもんね。」

「なんか話が先進んじゃってますけど、普通に考えてそれ色々と問題じゃないですか?」

「うーん、細かく見ていけば問題もあるかもしれないけど、陽菜ちゃんがズボラな夕青の家政婦として住み込みで働き、それに対して報酬を支払うってことは問題ないんじゃないかな?実際に家事を分担してくれれば俺らも助かるし、痛っ」

「お前の方が家事出来ないズボラだろうが。」

 まあ、そういうことなんだけどと前置いて。俺は杉田さんの目を見て話しかけた。

「杉田さん、お互い悪いことはない条件だと思うんだ。もちろん無理強いはしないけど・・・良ければウチの家政婦として雇われてくれないかな?」

 そういうと、杉田さんはさっきと同じように少し考え込んで、そして俺の目を見てこう言った。

「そこまで言うなら・・・中山くんの優しい気持ちをこれ以上無下にはできませんね。はい。是非私を雇っていただけると嬉しいです。もちろん全力で家事代行しますので。」

「やった! じゃあ早速杉田さんの部屋を開けて来なきゃ。互いの家族への話は・・・また明日考えるとして」

「あ!その前に、いくつか条件を。」

 確かに男女3人暮らし。女子的にはルールが無いとやっていけないだろう。

「まず、お互いの現状、持ち物について時間がある時でいいので確認しましょう。私の前で見え張って、ありもしない大金をひねり出されても困るので。10億円の件については自分の目でも確認したいです。それから、一応、プライベートな時間と空間はお互いに大事にしてほしいということです。私も一応女子なので、色々とありますし・・・そして最後に1つ。」

 そう言ってから少し間を置くと改めて杉田さんが切り出した。

「同居人ですから、苗字で呼ばれるのはちょっと他人感が強くて嫌です。お二人の苗字が似ているというのも理由の1つですが・・・よろしいでしょうか?」

「うん、もちろん。よろしくね、陽菜さん!」

 こうして波乱万丈の大学生活は始まって1週間で10億円と新たな同居人を得るというスタートを切った。

 さて、どうなることやら・・・

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