Field 25
私の周りから次々とひとがいなくなっていく。
そして最後は自分の番だ。それはいい。自分だけが助かろうなんて都合の良いことは微塵も思っていない。
ただ、タイムリンクを成功させる自信もこれっぽっちも無かった。みんなが命を掛けて繋いでくれたこの作戦を、私は果たして成し遂げることはできるのだろうか……。
「余計なことは考えずに集中するのじゃ」
視線を右に移す。霧ヶ谷局長がコンソールの前で淡々と作業を進めている。彼女からは焦りは感じられない。まるでいつものタスクをこなすように無表情だ。
バイザーの隅に突如数字とゲージが現れた──30%から徐々に進んでいく。
「局長は怖く無いのですか?」
同じような質問を望月隊長にもしたことがあったっけ。
「怖いに決まっておろう。わしをロボットか何かだとでも思ったか?」
「いえ、ただそのようには見えないので……凄いなと」
局長はケラケラと笑った。彼女も笑うことがあると知って少し安心する。
「わしがあたふたしていたらお主が不安じゃろうが。安心して背中を任せられると思うか?」
「任せられないかも……です」
「そういうことじゃ」
そうだ。この状況で怖くないはずが無い。
隊長も同じことを言っていた。恐怖に囚われて自分を見失ってはいけない──私は拳を固く握りしめる。
天井から落ちる破片が数を増し、パラパラとバイザーに降り掛かる。
入り口のほうでガランと鉄が地面に叩きつけられる音がした──。
扉が破られたのだ。
視線を入り口に向けようとした瞬間、第三波の衝撃と共にすぐ近くで爆発が巻き起こった──。
爆風による熱風で顔の皮膚が焼けるのを感じる。髪の毛が焼ける焦げついた臭いが鼻腔を刺激した。
防ごうにも手足は金具でがっしりと固定されてしまっている。
「大丈夫か?」
「ええ……」
局長のほうに顔を向けて絶句した。彼女の左半身は無惨にも焼け爛れている。服は袖から上が燃え尽き、端にまだ火の粉が燻っていた。
「局長──!!」
局長は何事も無かったかのように淡々とコンソールを操作している。まるで私の叫び声が聞こえていないかのように。
バイザーのゲージは80%に達していた。残りの20%が遠く感じられる。
入り口のほうで銃撃の音がしている。顔を動かして視線を向けると黒煙と燃え盛る炎の先で風道ミウの小さな背中が見えた。
彼女が倒したのだろう、数体のブラッディドールが床に転がっている。
だけどそれ以上に局内に侵入してくる敵の数が多い。
風道ミウは手にしていたライフルを投げ捨てると、ブレードに切り替えて身を低くして素早い動きで敵に斬りかかる。
斬撃と体術を駆使した見事な攻撃で相手を翻弄するも、目に見えてスピードが落ちつつある。
一体なら問題なく対処できても、複数のブラッディドール相手では部が悪すぎる。
左右から何度か切りつけられて、徐々に後退を強いられていた。
バイザーのゲージが90%に達した──。
そのすぐ下になにか英語で文章が表示される。
無機質なAIの声がそれを読み上げた。
『Synchronizing complete. Human coordinate set. Commencing TIME LINK. 』
英語なのでよく分からないが、順調に進んでいると理解する。
「わしができるのはここまでじゃ」
局長の声が弱々しい。今にも消えてしまいそうだ。
「ありがとうございます……」
他に言葉が見つからない。小さな手が私の手に触れた。
「ここから先のことはわしにもわからん。ただ……」
局長は言葉を止めると自分の首にかけていたネックレスを外して私の胸の上に置いた。ペンダントトップの青い花が視界の隅に入る。
「このネックレスはずっと前にカガリがわしにプレゼントしてくれたものじゃ……物理的には無理じゃが、持っていけ。きっとお主を守ってくれる」
私は局長の小さな手を強く握りしめた。
嫌だ──。もう別れは十分だ。
「……いいか」
局長は苦しそうだ。一度息を吐き出して再び大きく息を吸った。
「もし失敗してもお主の責任ではないぞ。その代わり……目の前のことに全力を尽くせ……その命燃え尽きようとも……最後まであき……らめる……な……」
吐息と共に局長の手が私の手をすり抜けた。
「いやだーーーーーーーー!!!!!」
バイザーのゲージが100%に達し、カウントダウンが始まる。
10、9、8と数字が減っていく。
天井のモニターが次々と落下を繰り返し、炎が勢いを増して辺りは火の海と化していた。
下半身が熱風に焼かれて感覚を失う。
6
5
4
3
2
1
『TIME LINK embark on』
脳内に雷が落ちたような衝撃が走った──。
朦朧とする意識。
視界が幕を閉じるかのように外側から徐々に狭まっていく──死ぬときはきっとこんな感覚なのだろうか……。
私が最後に見た光景は、崩れ去る瓦礫と炎が立ち上る中で立ち尽くす風道ミウの姿だった。
煤と流れる血で頬を赤黒く染めた彼女の口元が動いた──そんな気がした。
「お……あ…………」
頭上のモニターが落下してくる気配を感じて上を向く。
迫ってくるモニターを視界に捉えつつ私はそっと目を閉じた……。
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『Good Luck』
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