Field 24
技術局へと繋がるエレベーターはかなりの速度を上げて下に到着した。
室井隊長とアリーシャが稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない──私はエレベーターの扉が開くと同時に走り出した。風道ミウも後から続く。
目が眩むのを我慢しながら白い空間を全力で駆け抜ける。大きなガラス扉の前では二人の衛兵が警備に当たっている。
「止まれ」
衛兵がこちらに向けてライフルを構えた。その動作には一切の無駄を感じさせない。初めてここを訪れたときもそうだったが、彼らはロボットかなにかなのだろうか。
しかし躊躇している暇はない。私は肺に空気を溜め込んで声を張り上げた。
「私は第一小隊の火打ユイです!! タイムリンク作戦にアサインします!! 通してください!」
衛兵は一瞬互いの顔を見合わせた。その隙に一気に扉の前まで駆け寄る。
「まて。状況を説明しろ」
目の前にライフルが突きつけられる。フルフェイスのバイザーに自分の顔が映り込んでいる。必死だから仕方ないがまさに鬼の形相だ。
「すぐ上まで敵が迫っています!! 時間がないんです!!」
突きつけられたライフルを振り払おうとしたそのとき、後方で鉄を叩きつけるような激しい音がした。振り返ると、閉じられたエレベーターの扉が内側から強い力で叩かれたようにボコボコと多数の膨らみを作り出していく。
「もう来たようです──」
風道ミウが銃声をエレベーターの方に向けた。
「あれは例の敵か?」
例の敵というのはブラッディドールのことだろう。私はゆっくりと頷いた。
「……いけ」
顔面に向けられたライフルが下げられる。もう片方の衛兵が手元のアームデバイスを操作するとガラスの扉が音を立てずにスムーズに開かれる。
「私たちが時間を稼ぐ。その間にタイムリンクを成功させろ」
そう言うと衛兵たちはライフルを床に投げ捨ててコートの端を両側から払った──。
白いコートが白鳥の羽のように跳ね上がる。
次の動作で両腕をクロスさせ、腰の左右に差さった鞘から剣を抜いた。
キーンと甲高く洗練された音が鳴り響く。
青白い光を帯びた純白の刀身がエレベーターのほうに向けられた。
「ありがとうございます」
私は噛み締めるように礼を告げると、素早くガラスの扉を潜り抜けた。アーチ状の通路を再び駆け抜ける。
その先に「国防高等研究技術局」の文字が見えてきた。最後の扉だ──。
入室にはスキャニングによる検問が必要だが、今はその時間すら惜しい。立ち止まるか迷っていると天井のランプが緑色に点灯して扉が左右に開かれた。
「そろそろ来る頃かと思っておった」
開いた扉の先に霧ヶ谷局長と宮本マツリが立っていた。
「霧ヶ谷局長!! 私、タイムリンク作戦に──」
肩で息をしながら必死に訴えかけようとする私を局長は手の平を見せてストップをかける。
「お主が作戦にアサインすることはわかっておった。準備はできておる。こっちに来るのじゃ」
局長はそう言うとさっさと踵を返してスタスタと歩き出してしまった。
わかっていた? 理由を聞きたかったが今はその時間は無さそうだ。
「そちらのお方は?」
彼女の名前はたしか宮原マツリ──丁寧な口調で風道ミウに視線を移した。
「風道ミウと申します。訳あって所属をお伝えすることはできません」
宮原さんは少しだけ首を傾げるも、優しげに微笑んだ。
「きっとなにか事情がおありなのですね。お引き留めしてしまってごめんなさい。お二人とも局長の後について行ってください」
「あなたはどうされるのですか?」
「私はここを出て外側から扉を封鎖します。少しは時間を稼げるかと」
きっとそう言う意味だろうと思っていたが一応聞いてみた。いったい何人の命を犠牲にしたらこの作戦は成功するのだろう……悔しさと怒りが同時に込み上げてくる。
「行きましょう、ユイさん──」
風道ミウが固く握りしめた私の拳に手を添えた。彼女の手の温もりを感じてやるせなさが少しだけ和らぐ。
「宮本さん……ありがとうございます」
「お礼を申し上げるのはこちらのほうです。ユイさん、あなたが最後の希望なんですから」
そう言って宮本さんはニッコリと笑った。美しい笑顔だった。このあと彼女を待ち受ける運命がその笑顔に儚さと潔さを添える。
「成功を願っております」
扉の外側に立ち、彼女はこちらに敬礼した。それはこの上なく綺麗で清々しい敬礼だった。
敬礼を返す暇もなく扉がスライドして閉じられた。
「どうかご無事で……」
私は閉じられた扉に向かって敬礼をした。そして歯を食いしばり背を向ける。
進むしかない──みんなの命を無駄にすることは許されない。
「もたもたするな。マツリはどうしたのじゃ?」
局長が追いついて来た私たちの姿を見て怪訝な表情を浮かべる。
「宮本さんは時間を稼ぐために外側からここを封鎖すると……」
「そうか……最後まで完璧なやつじゃ」
霧ヶ谷局長はどことなく寂しそうな表情で扉の方を見つめた。
「……こっちじゃ」
感情に浸っている時間は無いということだろう。局長はチラッと風道ミウを見るもそれ以上は何も言わずに歩き出した。
「他の局員の方々は?」
前を歩く小さな背中に尋ねる。技術局は閑散としていて、人の気配がしない。天井のモニターもブラックアウト状態だ。
「全員逃した。ここにいたら、まあ助からんからのう。残ったのはわしとマツリ以外におらん」
「どうしてお二人は逃げなかったのですか? 誰も来ない可能性だって……」
もし私たちが来なかったらただ命を無駄にするだけだ。そんな不確定な可能性に賭けるほどこの局長は愚かだとは思えない。
「カガリが戦死したと報告を受けたとき、お主が来ると確信したのじゃ」
入り口でも不思議に感じていた。なぜこのひとは私をこんなにも信じているのだろう。たった一度だけしか会っていない、一介の下級兵士でしかないこの自分を。
「理解できない。そうじゃろ?」
私の胸の内を見透かしたかのように局長が目を細める。
「ええ……私がここに来たことは……いえ、来れたことは奇跡に近いです。そもそもアサインすることすら最後まで迷っていましたから」
「そんなことは取るに足らんのじゃ。唯一のわしにとっての確定要素はお主がカガリの意思を継ぐ者であることだけじゃ。それはお主と最初会ったとき、お主の目を見てわかった。お主の隊長だったらこんなときどうしておったと思う?」
「隊長……彼が私の立場だったなら、迷わずここに来たでしょう」
隊長は迷わない。彼はいつだって目の前の自分のやるべきことに全力だから。私もその背中を追ってここに来た。つまりそういうことなのだ。
「局長は隊長のことを信頼されているのですね」
「ふん。信頼などしておらん。あいつは食えんやつじゃったからのう。じゃが……」
局長はおもろに天を仰いだ。黒い画面が一面に広がる天井、それよりもずっと遥か遠くを彼女の瞳は捉えているように思えた。
「裏切らんやつじゃ。自分自身もそして他人も。そんな強さと優しさをやつは持っておった」
同意だ。隊長は決して周りを裏切らない。そして局長の言葉通り優しかった。その優しさに私は何度も救われたし、頼り切っていた。安心して背中を預けられるのは隊長しかいなかった。
だけどその背中はもう存在しない……。私がその背中にならないと。もちろん自信などこれっぽっちも無いが……。
「局長と隊長はその……」
私の言葉を遮るかのようにドーンと大きな音が全体に鳴り響いた──そして立っていられないくらいの揺れが辺りを揺らす。
天井からモニターが落下して地面に激しく叩きつけられる。
「──!? これはいったい」
「衝撃の大きさからして衛星からの長距離砲じゃろう……あやつらめ、シールドを無力化しおったか」
解放軍基地には上空からの攻撃を防ぐために大規模な対空シールドが展開されていると座学で教わったことがある。それが破られたということは空から狙い放題ということだ。
「急ぎましょう」
風道ミウが天井からぶら下がる無数のモニターを見つめて言った。あれが一斉に落ちて来たらひとたまりもない。
「うむ──こっちじゃ」
局長はすぐ先に設置されていたコンソールに近づいて画面を操作し始めると、地面にスーッと溝ができると寝台が姿を現した。
寝台と言っても枕やシーツなど無く、代わりに四肢を固定する金具のようなものと、無数のケーブルに繋がれたヘッドギアが置いてある。
「これがタイムリンクの装置ですか?」
実験台のような見た目に思わず躊躇ってしまう。覚悟を決めても得体の知れないものは怖かった。
「お主の気持ちはわかる。じゃが拷問装置じゃないから安心せい」
全く安心できなかったが、私は深呼吸をして寝台に寝そべった。
「そのヘッドギアを脱いでそっちを被るのじゃ」
私は言われた通り、していたヘッドギアを外して寝台にあったものを装着した。バイザーには『STAND BY』とだけ小さく表示されている。
金具が自動で手首足首を拘束した。冷んやりとした感触が皮膚を通じて伝わってくる。
先ほどと同じ轟音が轟き建物内を揺らした──前回よりも衝撃が強くなっている。
寝台のすぐ隣に落下したモニターが砕け散る。
これが私に落ちて来たら過去どころかあの世に直行するのは確実だ。
今度は入り口の方で甲高い金属音が聞こえてきた。
敵が扉をこじ開けようとしている──。
「私が時間を稼ぎます」
風道ミウが入り口に向かって走り出した。
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