Field 23

 日本解放軍東京本部──。


 新宿御苑跡地の非常口から潜入し、技術局を目指して長い廊下を足早に進んでいく。

 私、室井隊長、アリーシャ、そして未来から来たと語った風道ミウで構成された即席のチーム。

 即席とはいえ、戦闘力に至っては精鋭中の精鋭と言っても過言ではない。

 自分自身を過大評価するつもりはないけれど、室井隊長はもちろんのこと、アリーシャも抜群の戦闘センスを持ち合わせている。それに風道ミウに関しては使用している武器からしてあまりにも未知数ではあるが、その戦闘スタイルはあの望月隊長に引けを取らないほど無駄のない動きだった。


 そういえば彼女が見せた戦闘でのあの動きが自分と重なって見えたのは気のせいだろうか……。

 

 いやダメだ──今はタイムリンクを成し遂げることだけに集中するんだ。私は軽く顔を振って頭の中をリセットする。


 廊下を抜けると前方に大きな扉が見えてきた。技術局に降りるためのエレベーターはこの先のホールにある。望月隊長と訪れたときは警備兵がいたが果たして中がどうなっているのか……。


「この先に技術局へと降りるためのエレベーターがあります。私が先頭を切って……」


「待つんだ──」


 言葉の途中で望月隊長が私の肩に手を乗せる。


「あんたはこの作戦の要だ。ここはおれとアリーシャが先に突入する」


「ですが……」


「いいからおめーは黙ってうちらに背中任せとけ!!」


 アリーシャが拳を差し出して豪快に笑った。私は戸惑いながらその拳に自分の拳を当てる。

 

「分かりました…背中は任せました」


「おうよ!」


 室井隊長とアリーシャが私に代わって先陣を切り、扉の手前で左右にそれぞれ分かれる。私は室井隊長、風道ミウはアリーシャの背後についた。

 視線の合図でふたりが扉に手をかけると、鉄が擦れる鈍い音と共に扉が少しずつ開かれる。アリーシャがヘッドギアのサーチ機能で中の状態をスキャンしている。


「とくに反応無しだぜ」


「よし──おれが先に突入する」


 ひとがひとり通れるくらいの幅まで扉を開かれ、室井隊長が素早く中に入っていき、アリーシャがそれに続く。風道ミウの後に続いて私もホール内に足を踏み入れた。

 ホールにひとの気配は無かった。中央に設置されたエレベーターを四方のスポットライトが煌々と照らしている。


「おい……あれはなんだ」


 アリーシャが指差した方向に目を向けると、エレベーターの右端に無造作に敷かれた黒いシートが見えた。車両が一台すっぽり入りそうなサイズのシートは中央が不自然に盛り上がっている。


「おれが確認してくる。お前たちは周囲を警戒してくれ」


 室井隊長が慎重にシートに近づいていく。罠にしてはあからさま過ぎるが、用心するに越したことはない。必然とライフルを握る手に力がかかる。

 シートまであと一歩のところで立ち止まると、室井隊長はライフルの先でシートの端を持ち上げた。中を覗き込むように少し屈んだところで、その動きが硬直する。


「こいつは……」


「隊長! シートの下になにが──」


「来るな──!! 見ないほうがいい……」


 近づこうとするアリーシャを室井隊長が制した。


「何があったんですか?」


 こちらに戻って来た室井隊長の表情は硬かった。私の問いに答えたく無い──いや、言葉にしたくない。そんな心境を感じさせる空気が伝わってくる。


「遺体だ。それも胸糞悪くなるほど無惨に切り刻まれていやがる」


 ギシギシと歯を食いしばる音。悔しさと敵に対する憎しみが室井隊長の全身から発せられる。


「いるんだろ……」


 巨体を怒りで小刻みに震わせながら、ドスの効いた低い声が、まるで猛獣の唸り声の如く口から漏れる。


「いやがるんだろう!! 出てこい!! この畜生どもが──!!!!」


 震えるほどの咆哮がホール全体に鳴り響いた。最高潮に達した怒りが燃え盛る炎のように敵へと向けられる。

 

「キエッ! キエッ!! キエキエキエーーーーー!!!


 その怒号に応えるかのように耳障りな奇声が背後から聞こえてきた。声に反応して振り向くも相手の姿は見えない。


「光学迷彩──」


 風間ミウが声のしたほうにライフルを向ける。奇声は徐々にその数を増していき、やがて四方を囲むようにホール全体が奴らの声に包み込まれた。


「スキャンにも反応しないってどういうことだ!?」


 アリーシャはどこに照準を合わせていいのか分からないといった感じで銃口を忙しなく動かしている。


「ジャミングを応用したアンチスキャニング技術です。私の時代に確立された技術ですが、この時代に既に敵が持っていたという情報は資料に載っていません。間違いなく時間軸に狂いが生じています……」


 自分のせいだとばかりに風道ミウが俯いた。彼女が来たことによって過去が変わりつつある。任務のためとはいえ、それを受け入れることはきっと辛いに違いない。

 それを嘲笑うばかりに鳴り止まない奇声が、まるで実態を帯びた悪霊のように全身にまとわりついてくる。


「敵がどう隠れようが俺たちのやることに変わりはない。ユイ──お前はエレベーターを起動して技術局に降りろ。風道ウミと言ったな。あんたならこのエレベーターを起動できるか?」


 室井隊長が怒りを押し殺したようにこちらに指示を出した。本当なら真っ先に敵にライフルをぶちかましたいところだろう。それをせずに冷静な判断を下す辺り、さすが百戦錬磨の隊長なだけある。


「ここのセキュリティは掌握しています。問題ありません」


「さすが未来から来ただけあるな。あとは任せたぜ」


 室井隊長が風道ミウに向かって茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。彼のそんな仕草はどことなく望月隊長を思い出させる。


「は、はい……」


 風道ミウが恥ずかしそうに俯いた。こっちはこっちで健気な少女といった感じだ。クールそうに見えても内面は見た目に反して案外可愛らしいのかもしれない。

 もっとちゃんと話したかったな。未来のこととかきっと自分が知らないことだらけだろう。それすらも許されない絶望的な状況下で虚しさだけが込み上げてくる。


「隊長──のんびり話し込んでるとこわりーが、どうやら敵さん達のお出ましだぜ」


 アリーシャの言葉を待っていたかのように奇声が一斉に鳴り止んだ。まるで透明のカーテンを脱ぎ捨てるかのように真紅の悪魔が姿を現した──一体ずつゆっくりとこちらを焦らすかのように。

 そうして出現した敵の数は10を優に超えている。出口を塞ぐようにずらっと一列に並んだその姿は血塗られた壁のようだった。


「さあ、行け──」


 室井隊長が私と風道ミウを庇うように前に立つ。その背中は山のように大きく揺るぎない。


「無茶です──この数のブラッディドールを相手にしたら……」


「ったくお前はわかってねーな。うちらなら楽しょーだっつーの」

 

 その背中に伸ばそうとした私の手をアリーシャが掴んだ。


「いいのかアリーシャ? ユイの言う通り、命の保証はないぞ」


「ヘッ! 今まで命の保障なんて一度でもあったのかい隊長?」


「たしかにな」


 室井隊長とアリーシャがケラケラと笑う。それは決して空笑いなんかではない、まるで死に場を見つけた老兵かのような笑い方だった。


「シールドを張って時間を稼ぎます」


 風道ミウが前方に向かって拳サイズの小さな球体を投げた。球体は空中で動きを止めると、放射線状に敵と私たちの間に半透明の壁を作り出した。

 ブラッディドールたちは一斉に動き出すとシールドを目掛けて攻撃を仕掛けてきた。刃が振り下ろされる度にバリバリとシールドが削られていく。この様子ではそう長くは持たないだろう……。

 風道ミウはエレベーターのコンソールに駆け寄ると素早い手つきで画面を操作し始めた。


「室井隊長、アリーシャ……ふたりともありがとう。私のためにこんな──」


 目の前に立つふたりの背中に向かって私は祈るように言葉を吐き出した。それを遮るかのようにアリーシャが腕を後ろに傾けて手の平を見せた。


「らしくねーな。あんとき私に一発喰らわせた勝気なお前はどこいったんだよ。それにお前のためじゃねーっつうの」


「その通りだ。俺たちは目の前のことに全力を尽くすだけだ。お前の隊長がよく言葉にしていたようにな」


 私はふたりの背中をじっと見つめた。大きな背中と小柄ながらも引き締まった背中。室井隊長が万丈にそびえ立つ山ならアリーシャはその山を自由に駆けまわる気高い狼だろう。


「エレベーター起動します──!」


 ガタンと足元の天板が動き出した。破られたシールドの破片がパラパラと宙に舞う。風道ミウが私の隣に位置してライフルを構えた。


「エレベーターの速度を最大にしました。このまま一気に下まで行きましょう」


 風道ミウに頷き返し、私もライフルを構えた。エレベーターが無情にも降下していく。少しずつ見えなくなるふたりの背中に私は敬礼をした。


「ご武運を……」


 下り行くエレベーターで非常灯が送り火のように儚く現れては消えていく。闇の中で銃声だけが虚無の音色を奏で続けていた。

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