Field 22

「もう直ぐ到着します。イデアと遭遇する可能性もあるので、皆さんヘッドギアを装着してください。後部座席の下に新しいものが入っています」


「あなたはなにも着けなくていいの?」


 風道ミウはヘッドギアを付けていなかった。彼女は私を見て少しだけ口端を上げた。


「私はコンタクト型のギアを装着しています。早々外れることも無いので戦闘には便利なんです」


「未来の技術ってのは凄いんだな」


 室井隊長が私にヘッドギアを渡してきた。私はそれを受け取り、ヘッドギア内部のパネルに兵士IDを入力して認証させた。


「進歩はしていますが、それでも敵に打ち勝つには不十分です。人間は休息を取らないといけませんが、イデアはそれが要りませんし、私たちは仮想空間と現実の両方の敵と戦わなければならない。勝算など無いに等しいです。敵を一瞬で葬り去る武器があれば別でしょうが」


 そんな武器が開発される日は訪れるのだろうか……凄く遠い未来ならもしくは有り得るのかもしれない。それよりも人類が滅ぼされる未来のほうが早そうではあるが。


「あなたのいる時代で解放軍はどうなってるの?」


「……私は史実を資料で読んだだけですが、東京本部を落とされたあと散り散りになった解放軍は、小笠原諸島のとある島で秘密裏に建設中だった基地へと逃亡しました。資料によるとアームデバイスに座標が送られましたが、表示されていた時間は短く、それを見た兵士も少なかったようです。最終的に生き残った兵の数は技術者を含めて百人ほどです」


「百人ってマジかよ!! 少なすぎるだろ……」


 アリーシャが後ろで肩を落とす。イデア相手に戦い抜いていくにはあまりにも少な過ぎる数だ。


「他の支部はどうなったんだ……」


 室井隊長は半ば答えを分かっているような口調だった。大量のブラッディドールの軍勢相手に勝てる支部など日本には存在しない。


「壊滅です。そして軍の支部のみならず、日本全土、そこに住まう全ての命が一掃されました。小笠原諸島に逃げることができた支部の兵士や民間人はごく僅かです」


「で、でもよ! それでもすげー技術をお前らは持ってるんだろ? このまま何年か持ちこたえたらさっき言ってたヤツらを一瞬で殺せる武器だって……」


「それは難しいです……」


「資源が足りない。違う?」


 私の言葉に風道ミウは力弱く頷いた。想像はついた。秘密裏に開発された基地とはいえ、まだ建設途中でしかも資源が豊富とは言えない離島だ。遠征するにも、少ない人数でできることは限られてくるだろう。


「私が所有している武器や装備も軍には数個しかありません。開発するのが限界で、量産など夢のまた夢です。資源の殆どが壊滅した本部や支部から命懸けの遠征で少しずつ集めたものばかりです。それによって多くの仲間を私たちは失ってきました」


「そうなのかよ……クソ!!」


 アリーシャが車体が凹むかと思うほどに強烈なパンチをドアに叩きつける。


 敵の資源は無尽蔵。ブラッディドールが足りなければイデアの軍勢で押し切ればいい。日本のみならず、残った人類は少ない資源と人材で戦わなければならない。むしろこの時代から二〇年もよく持ったほうだ。


「着きました。幸いにも技術局は本部の中枢から少し離れた場所にあります。ここの入口からだったら、まだそこまで敵も迫っていないでしょう。ですが皆さん決して油断はしないでください」


 私は風道ミウに頷き返し、ヘッドギアを装着して起動させる。バイザー越しに『Paradigm shift』のロゴが表示され、続けて文字と共に無機質なAI音声が流れる──。


『Battle mode ready. Good luck.』


 ヘッドギアの位置を少しだけ正して、渡されたライフルを装填する。室井隊長とアリーシャが後方ドアに配置したのを確認し、風道ミウに視線を送ると、私の目を真っ直ぐ見返して力強く頷いた。最後に大きく息を吸い込む。空気が肺を満たしていく。なにがあっても失敗するわけにはいかない。

 私の合図で一斉に全員が外へと飛び出した。雨で視界が良く無いが、それは敵も同じだろう。直ぐにバイザーが周囲をスキャンし始める。近くに敵影なし──私は左手を上げて前方の扉を示した。

 風道ユイが壁に肩を押し付けながら扉の真横に位置して突入のポジショニングを取り、室井隊長とアリーシャが私の後ろに立ち後方を警戒する。素早く扉に設置されたタッチパネルに近寄り、暗証コードを入力。ピーっと小さい機械音が鳴りロックが解除される。風道ミウに視線で合図して取っ手を引いて扉を開いた。


 隙間から先ずは風道ミウが突入した。すかさず私も扉を潜り抜ける。薄暗い階段が続く先で風道ユイが左手を軽く上げて親指を立てた。どうやら危険は無いようだ。軽く壁を二回叩くと、室井隊長に続いて最後に入ってきた。アリーシャがゆっくり扉を閉めると、施錠音が静まり返った階段に鳴り響く。

 そのまま風道ミウを先頭にして階段を降りて行く。階段を降り切ったところでまた施錠された扉に辿り着くと、先ほどと同じようにロックを解除し本部の廊下へと出る。

 この廊下には見覚えがあった。望月隊長と技術局に向かう途中で通った通路。念のためアームデバイスを操作して立体マップを起動させた。青く半透明の立体映像で本部内部が再現され、デバイスの画面から浮かび上がる。赤く点滅している箇所が自分たちの位置を示している。思った通り、技術局へと降りるエレベーターまでそう遠くない。


「こっちです──」


 私は風道ミウと交代して先頭に立って先導する。廊下のライトは非常灯に切り替わっており、警報ランプがクルクルと不穏な光を放っている。


「静かだな」


 後ろで室井隊長の声が聞こえた。たしかに不気味なくらい辺りは静まり返っている。兵士のひとりやふたり遭遇してもおかしくないのに、足音すらしない。


「資料によれば東京本部は西側から敵の総攻撃を受けたとありました」


「なるほど。風道さんの資料が正しければ、現在の俺たちの位置は技術局から近い新宿御苑跡地。敵がこちらに押し寄せてくるまで少しだけ時間があるってことか」


「ええ、ですが資料には斥候隊による奇襲があったと記載がありました。油断しないようにしましょう」


「はっ! 斥候隊上等だ! さっきの借りをたっぷりかえしてやるぜ」


 アリーシャの怒鳴り声が廊下に反響する。


「アリーシャ! 敵に見つかったらどーすんだ! いつも作戦中は静かに行動しろと何度言ったら……」


 室井隊長が突然言葉を止めた。足元を直視してしゃがみ込むと、床を念入りに確認している。


「どーした隊長?」


「血痕だ……巧妙に隠されているがこれは──」


 室井隊長がヘッドギアの側面に手を触れた。


「くそ! やっぱりか……全員、バイザーを探知モードにしろ!!」


 室井隊長に言われた通りヘッドギアを操作して探知モードをオンにする。バイザー越しの景色が青色に変わり、視界の左上に『Search mode on』と表示された。


「おい……なんだよこれは……」


 アリーシャが愕然とした声を上げた。探知モードで白く照らし出されたのは、廊下一面に広がるおびただしい数の血痕だった。足跡はもちろん、壁や天井まで血が飛び散った跡がある。


「引きずった跡がありますね」


 風道ミウが指差した方に目をやると、血痕がタイヤ痕のように歪んだ縦線を描いていた。それは廊下の奥までずっと続いている。


「でもよ、なんでヤツらはわざわざ血痕を隠したんだ?」


 私は風道ミウに視線を送る。資料に無かったことなのか、彼女は少し考えるように血痕を見つめている。


「恐らくですが、その意図は私たちを油断させて誘き寄せるためでしょう。私がこの時代に来たことによって過去が少しずつ変化していっている可能性があります」


「それはどんな変化なんだ?」


 室井隊長が立ち上がって風道ミウに視線を向ける。


「私が目を通した資料は、監視カメラのAIが本部で起こったことを事細かく記載したものです。隅々まで読みましたが、血痕が隠蔽されたという内容はありませんでした。それにイデアは技術局に到達しないまま本部を放棄しています。詳しい理由は分かりませんが、恐らく技術局のセキュリティを破れなかったのかと」


「じゃあ、霧ヶ谷局長はあなたの時代では生きてるの!?」


「ええ、生きています。私をこの時代に送り出してくださったのも霧ヶ谷局長ですから」


 自分の知っている人が生きているという喜びで胸がいっぱいになる。しかもあの天才と呼ばれた局長のことだ、きっと未来でも数々の偉業を成し遂げているに違いない。少ない資源でもタイムリンク以上のものを造ってしまう程に。


「でもよ、お前の言うことが正しかったら、この状態はやべーんじゃねーのか?」


 アリーシャが廊下の先を睨みつける。動物的な鋭い感覚でなにかを察知したようだ。


「その通りです。これは推測の域を出ませんが、タイムリンクの装置が技術局にあると、敵が何かしらの理由で知っている過去に変わってしまっていたら……」


「待ち伏せってことか」


 室井隊長に風道ミウが頷き返した。イデアにとってタイムリンクは過去を変えられてしまう脅威である以上、なんとしても阻止したいだろう。

でも、技術局へのセキュリティが破れないとしたら……だとしたら待ち伏せて、それを解除できる者を捕らえたほうがてっとり早い。


 廊下の奥は薄暗く警報装置がまさに危険を知らせている。全身の毛が逆立つ感覚を覚えながら、私はライフルを固く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る