Field 21

「あいつはどうなった……」


 揺れる装甲車の後部座席からアリーシャが呟くように聞いていた。その声は必死で悔しさを押し殺したような口調だった。


「望月隊長がその命を代償に倒しました……」


 最後に見た隊長の表情が鮮明に脳に焼き付いている。あの微笑みは私の願望が見せた幻だったのか……今となっては分からない。


「そうか……あいつはやったんだな」


 ルームミラー越しに、室井隊長が噛み締めるように呟いた。固く握りしめたその拳は震えている。


「ただ、ヤツは一体だけではありませんでした……」


「なんだって!? おい! それはどう言う意味だ!!」


 アリーシャがグイッとこちらに身を乗り出してきた。真っ赤な髪が私の肩を無造作に彩る。


「分裂したんです。恐らく。そいつにエドモンドさんは殺されました」


「分裂だと……それにエドモンド……クソ!! クソが!!」


 アリーシャが力任せに背もたれを叩いた。伏せた顔は垂れ掛かる髪のせいでよく見えない。固く引き締められた口元からギリギリと歯を噛み締める音が聞こえてきた。


「落ち着けアリーシャ。で、そいつはお前が仕留めたのか?」


 室井隊長がアリーシャの肩に手を置いた。アリーシャは少し落ち着きを取り戻したのか、自分のいた座席に深くもたれかかった。


「いえ、それはこの子が……」


 命の恩人に対して、この子が適切な呼び方なのか分からないが、少なくとも子供の年齢であることは確かだろう。霧ヶ谷局長のようなケースが何人もいなければの話だが……。


「あんたはいったい何者なんだ?」


 室井隊長の問い掛けに風道ミユはハンドルを握りながら暫く無言を貫いたあと、静かな口調で話し始めた。


「私は未来から来ました。この時代から約二十年後の日本です」


「未来だって!? おい、そんなヨタ話信じられるか!!」


 アリーシャが唾を飛ばしながらまたこっちに身を乗り出してきた。


「だから落ち着けアリーシャ。すまない。続けてくれ」


 室井隊長がアリーシャを掴んでやや強引に元の席に戻した。


「……私はある任務を与えられてこの時代に送られたのです」


「任務?」


「ええ。あなたを──火打ユイを過去に送り届ける。それが私に課せられた任務です」


「私を過去に!? それはなんで……」


 風道ミユはじっと前を見つめてハンドルを握っている。その表情から感情を読み取るのは難しかった。


「私のいた時代は今日対峙したブラッディドールがさらに進化した敵と終わりのない戦闘を繰り返しています」


「でも、今日あなたはいとも簡単にヤツを倒したように見えたけど……それでも苦戦する相手なの?」


 ブラッディドールの進化版など想像したくもなかったが、今日の彼女はそれすらも凌駕する戦いぶりに思えた。


「あの初期型とは比べものになりません。私が今日使用した武器の殆どが通用しない相手です」


「そんな……」


「それでもなんとか抵抗してきましたが、もう限界を迎えています。そこで今回の作戦が決行されました」


「私を過去に送り込むというやつ?」


 雨脚が更に強まり、弾丸のようにフロントガラスを叩きつける。


「ええ。私はこの時代に霧ヶ谷局長が開発したタイムリンクの技術をさらに発展させて開発されたタイムポートを使ってここに来ました」


「おい! そんな凄い技術があるなら、わざわざこの時代じゃなくてもっと昔に飛んで根元を叩けきゃいいじゃねーか!!」


 また身を乗り出そうとするアリーシャを室井隊長が制する。


「それができないからこの時代に来たんだろ。違うか?」


「その通りです。タイムポートはまだ開発されたばかりの技術でとても不安定なのです。過去に遡れるのはその時点での二十年前まで。飛ばせる対象はひとり。なおかつ、その対象に極めて近い存在がその時代にいる必要があることです」


「極めて近い存在とは?」


 なんとなく想像ができるが私は念のため確認した。


「端的に言えば対象の血縁に当たる人物です。それも近ければ近いほどタイムポートの成功確率が上がります。問題は飛んだ先の時点でその人物が死亡していた場合、タイムポートは失敗します」


「失敗というと?」


「永遠に時間の軸を彷徨うことになります。もっとも、あくまで仮説であって立証は難しいですが」


 失敗してもその対象に質問することはできないからだろう。にわかには信じがたい話しだが、彼女の使用した数々の武器やアイテムは私たちの時代のものではないことは確かだった。


「でもなんで私なの? 他にもタイムリンクが可能な対象はいるでしょ?」


 彼女はその大きな瞳を少しだけ細めて遠くを見つめた。その表情は年齢の割にだいぶ大人びて見えた。


「解本軍の東京本部が落とされた時、唯一、技術局の端末にタイムリンクと共に残されていた資料にあなたに関する記述がありました」


「私に関する?」


「はい。その資料にはタイムリンクをした場合の成功率が候補者別に書かれていました。その中で、成功率が五〇%を超えていたのがあなたです。他の候補者は全て一〇%を切っていました。


 半々の成功率が高いのか低いのかわからない。だが他の候補者の成功率から比較するとダントツの一位となる。ただ、過去に戻って未来を変えるなどという途方もない作戦を成功させるのに全く自信がないことが、私自身が一番よくわかっている。


「なんで私だけそんな成功率が高いの? 能力が高い兵士なら私の他にもいっぱいいるはずなのに」


「詳しいことは分かりません……。ただ、あなたが選ばれた。確率は様々な要因から算出されたとレポートにはありました。その時代のキーマンとの相性、タイムリンク先の人物、そこで起こすであろう行動パターン。その全てを計算した確率の結果です」


 彼女はそう言って視線を少しだけこちらに向けた。その瞳は鋭く、まるで私の決意を試しているようだった。


「あなたがタイムリンクしないことを選ぶなら、私はこの場で運転を誰かに託して違う候補者の元へ行きます。例えそれが未来を変える可能性を低めることであっても、私は絶対に諦めません」


 彼女の気持ちは痛いほど分かった。私だってこのどうしようもない世界を変えられるならなんだってやってやる。その覚悟でいつも戦場に立っていた。ただ、得体の知れないタイムトラベルに身を投じることが怖かった。自分の身体を捨てて、誰かの精神に入って未来を変えるなど正気の沙汰ではない。


「私も作戦にアサインされた時に随分迷いました。ですが、あなたに賭けたのです。あなたならきっとやってくれると。その橋渡しを私ができるなら、それは私以外の誰にも任せたくない──」


「それはどういう……」


『──こちら本部……各隊員に告ぐ。……現在、本部は敵の総攻撃を受けている……繰り返す……現在敵の総攻撃を受けている……至急……本部に集結せよ……繰り返す……』


 酷くノイズが混じった無線が車内に響き渡る。


「おい! 本部が総攻撃って本当か!?」


 アリーシャが切羽詰まった表情で身を乗り出した。今回ばかりは室井隊長も止める気はないようだ。


「……本当です。東京本部はあと数時間で敵の攻撃を受けて壊滅します。本部が入手した情報は全てイデアによって操作されたものでした。ブラッディドールは量産されています。その軍勢が今本部を攻撃しています」


「なんてことだ……」


 室井隊長が打ちひしがれるように頭を抱えた。当然だった。あの化け物が軍勢になって迫ってきたら解放軍に勝ち目はないのだから。


「……やります──」


 それは自分の口から自然と出た言葉だった。


「やるってお前、タイムリンクをってことか?」


 ルームミラー越しにアリーシャが心配そうにこちらを見つめる。彼女にとってはらしくない表情だった。


「はい──。アサインします。タイムリンク作戦に」


「ちょっと待てよ! あんな得体の知れない作戦にアサインするとか正気かお前!? 戻って来れる保証もねーんだぞ!!」


 アリーシャの言う通りだった。概要が曖昧過ぎる作戦──過去に精神を飛ばして他人に入れ替わって任務を成し遂げるなんて眉唾物もいいところだ。

 でも、その技術を発展させ、この時代に任務のためにやってきた風道ミユの存在は大きかった。私より幼いながらも、その覚悟は揺るぎないものを感じる。それに望月隊長なら躊躇なくこの作戦にアサインしているだろう。例えそれで自分の存在がこの世から消えたとしても。私は少しでもそんな隊長に近づきたかった。


「目の前のことに全力を尽くせ──」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「あいつの言葉だな」


 室井隊長が励ますように微笑んだ。


「ええ──その言葉に恥じないよう私も全力を尽くしたいと思います」


 望月隊長──あなたの勇気の一欠片でも私にください……。私は胸ポケットの奥に大切に仕舞ってある懐中時計を握りしめた。

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