Field 16
扉の先は狭い通路になっていた。暗闇の中はカビ臭い空気で満たされている。
懐中電灯の光を頼りに注意深く進む──。
『──……こちら……れいぶ……さくせん……へんこう……』
司令部から無線が入るも雑音が酷過ぎてよく聞き取れない。地上の部隊がどうなっているのか気になるが、もう後戻りはできない。
廊下は駐車場へと繋がっていた。辺りを照らすと車が点々と駐車しているのが確認できた。どれも錆びついていて動きそうにもない。
隊長達が落ちた場所は更に奥のほうだ──。私が歩みを進めようとすると、背後から肩を叩かれた。
振り返るとエドモンドが指をトントンと耳に当てて、紙切れを渡してきた。
「ユイ──こちらの周波数に無線を合わせてください」
紙には148.37と数字が書かれている。
私はアームデバイスの周波数を紙に書かれた数値に合わせた。
『──アールツトこちらサンドキャットだ……応答してくれ』
アールツトは恐らくエドモンドのコードネームだろう。サンドキャットは声からして索敵を担当しているマイケルだろうか。心なしか声が苦しそうだ。
『──アールツトよりサンドキャット。聞こえています。なにがあったんですか?』
『──……急いで伝えたこと……が……』
怪我をしているのだろうか、呼吸がだいぶ荒い。声にも力が感じられない。
『──サンドキャット!? 大丈夫ですか!?』
『──……よく聞いてくれ……が無い。やつは……れつする。……やつは…いる。気をつけ……』
声が段々と小さくなる。最後の方は掠れて殆ど聞き取れなかった。
『──サンドキャット!! 聞こえてますか!? 答えてください!! マイケル!!』
エドモンドの声掛けにマイケルからの応答はなかった。インカムから砂嵐のような雑音だけが虚しく鳴り響いている。
「……なにがあったんでしょうか」
「わかりません……。でも今からマイケルの元へ行くのはリスクが大き過ぎます。彼もそれを伝えたかったのかもしれない。先ずは隊長達と合流しましょう」
そう言うエドモンドの表情は苦しそうだった。戦場では常に決断を迫られる。仲間を置いてでも任務達成のため、生き残るために……それが正しい判断だったのかは誰にも分からない。
ひとつだけ確かなのは、行き場の無い後悔だけが後から付き纏う。まるで死んだもの達の亡霊かのように……。
なるべく水に足を取られないように、駐車場の奥へと進んでいく。
「ユイ──あの音……聞こえてますか?」
エドモンドが前方に聞き耳を立てる。彼の言う通り、微かだが金属と金属がぶつかり合う音がしている。
「エドモンドさん! 急ぎましょう!!」
きっと隊長達だ──そう確信した私は走り出した。一歩踏み出すごとに水飛沫が足元で激しい音を立てる。
エドモンドが後ろでなにか言った気がしたが、立ち止まらなかった。一刻でも早く隊長達と合流する──私の頭はそのことでいっぱいだった。
(──!!)
前方がぼんやりと明るくなってきた。近づくにつれ、崩れ落ちた天井から陽の光が差し込んでいるのが確認できた。
その下で、まるでスポットライトに照らされたかのように、二体の人影がひっきりなしに動き回っている。
「待ってくださいユイ──!! 迂闊に近づくのは危険です!!」
エドモンドが声を張り上げた。
危険なのはわかっている。私が合流しても足手まといかもしれない。でもそれと同じくらい、いや、それ以上になにかやれることがあるかもしれない。
私は状況を見極めつつ走るスピードを上げた。
「望月隊長──!!」
隊長の顔がしっかりと認識できる距離で、つい呼びかけてしまう。戦闘中だというのにあまりにも迂闊な行為。
「ユイ──!?」
案の定、隊長がこちらに気付いて視線を逸らした。
それを狙ってブラッディドールが細長い筒状のような手先を隊長に向けて弾丸を放つ──マシンガンのような連続した轟音が鳴り響いた。
「隊長──!!」
隊長は片足を軸に斜め後ろに飛び跳ねると、地面に対して水平の体制のまま身体を回転させた──常人では到底真似のできない、鋭い反射神経と身体能力が要求される動きだった。
隊長の胴体を弾丸が掠めていく──。
ブラッディドールが隊長の着地を狙って空いていたもう片方の腕で狙いを定めた──私は走りながら懐中電灯を放り捨てて両手で拳銃を構えてトリガーを引いた。
短い銃声と共に、手にした拳銃から放たれた弾丸が相手の目に当たる──。
「キエエーーーーーー!!!」
機械のくせに痛みだけはあるようだ。悲痛な声が響き渡る。
ブレた標準で狙いを外れた弾は、隊長の足元で轟音と埃を撒き散らした──。
隊長もすかさず拳銃で相手を牽制しながら私の隣にポジショニングする。
「助かった──」
そう言う隊長は苦しそうだった。
よく見ると所々に戦闘服から血が滲み出ている。
「隊長──怪我されて……」
「かすり傷だ。それより室井達がやられた──エドモンドは一緒か?」
(室井隊長達がやられた──)
あれだけの強者ふたりがやられるなんて……。私は目の前の敵の、その計り知れない強さに慄いた。
「はい! 一緒です!」
私は後方のエドモンドに視線を移した。彼はブラッディドールにしっかり照準を合わせて警戒している。
「エドモンド──!! ここから三時の方向、五〇メートルほど先に室井とアリーシャが負傷して倒れている! お前は彼らに応急処置をして一緒にここから離脱しろ!」
「わかりました!」
エドモンドは照準をそのままにゆっくり移動すると、そのまま駐車場の奥へと消えていった。
「ユイ──やつは進化している」
「……進化ですか?」
「ああ。戦闘中に恐ろしいスピードでな。戦闘スキルもそうだが……ヤツは少しづつだが人間に近づいている」
隊長の言葉の意味が直ぐに理解できなかった。人間に近づいているとはどういった意味だろう……。
「おれが接近戦でなんとかこの装置をやつに取り付ける。お前は銃で援護しつつヤツの気を逸らしてくれ。勝負は一度きりだ。失敗は許されない──」
「わかりました──」
私は拳銃をホルスターに戻して背中のアサルトライフルを構えた。ライフルのずっしりとした重みが今は頼もしく感じられる。
ブラッディドールがゆっくりと顔を上げた。撃ち抜いたはずの眼は再生され、不気味な光を放っている。
敵が不意に両腕を前に出し全身に力を込め始めた──筒状のライフルがもげ落ち、カランと音を立てて地面に転がる。
「──!?」
落ちた両手の切断面がボコボコと蠢いた──一瞬にして刀剣のような刃が形成される。
「冗談だろ……化け物め」
まさに目の前の敵は化け物じみている。
機械でもなく、生物でもない極めて不安定な存在。これをイデアが創り出したとしたら、人間が滅びる未来もそう遠くないのかもしれない……。
「来るぞ──!!」
生え変わった両腕を確認したと思った刹那──やつは両手をクロスさせ突進してきた。
ライフルで牽制するも全て腕のガードによって弾かれてしまう。
「ユイ──!! 下がれ!!」
隊長の掛け声で大きく後ろにジャンプし弾丸を相手に叩き込む──ライフルから重みのある装甲弾が放たれ、弾丸を喰らったブラッディドールの勢いが落ちた。
その隙を逃さず隊長が相手の懐に飛び込む。ガードを掻い潜っての低い位置からの攻撃──ナイフが硬い装甲を突き破って脇腹に深々と突き刺さる。
「キエエエ────!!!!」
不意打ちを喰らったブラッディドールが腕のクロスを解いて隊長を目掛けて刀剣と化した手を薙ぎ払う。隊長は素早い動きで背後に回り込むと、ヤツの首元に再びナイフを突き刺した。
ブラッディドールは耳を塞ぎたくなるような奇声を発しながら、ナイフを突き刺した隊長の腕を掴むと、その身体を力任せに放り投げた──隊長は数メートル後ろに飛ばされるもなんとか受け身を取る。
ナイフはヤツの首元に刺さったままだ。
「キエエエ────!! コノ……ニンゲン……コロス……」
「──!?」
喋った!? 私は戦闘中ということも忘れて思わず自分の耳を疑った。
機械生命体という存在からして言葉を発する可能性も十分にあり得ることだが、いざ目の当たりにすると思考が追いつかない。
やつは進化していると隊長が言っていたのはこういうことなのだろうか……。
「ユイ──!!」
隊長の声でふと我に返る。目の前に腕を振り上げたブラッディドールの姿があった──。
(やられる──)
反射的に目を閉じた瞬間、自分の肩に異物が食い込むのを感じた。肉を突き破り冷たい刃が体内に侵入してくる。
「うっ……」
痛みのあまり声も出ない。
抜かれた刀身から鮮やかな血が地面を濡らした。
顔を上げると、ブラッディドールが空洞のような口を開けて笑っていた。まるで猛獣が獲物を狩る快楽にでも浸っているかのように。
ゆっくりと、まるでその時間を愉しむかのように、ヤツの腕が天高く上がっていく。
それが振り下ろされるときが私の最後だ──そう思いながら、隊長の方に目を向けてしまう。
必死の表情でこっちに向かってくるその姿は、私がいつも見ていた冷静な彼ではなかった。
(隊長──ありがとう……嬉しいです。私なんかのために……)
私は死を覚悟して目を閉じた。
死を悟ったその瞬間、銃声が鳴り響いた。
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