Field 15
銃口から弾丸が放たれる──ブラッディドールの片目に命中した弾は相手の顔を大きく後ろに仰け反らせる。
同時に四方から放たれた弾丸によってやつの身体はその名の如くマリオネットかのように左右上下に激しく揺れた。
音速を超える弾丸にコンマ数秒遅れておびただしい数の銃声が広場に鳴り響いた。
司令部から無線で射撃停止の指示が入る。
「ユイ──見事な腕前です」
隣のエドモンドが静かに言った。私の弾が標的の眼窟を撃ち抜いたのを確認したようだった。トモカの仇を取りたかった私にとって、最初からヘッドショット以外に選択肢などなかった。
スナイパーライフルの実弾を浴びたブラッディドールの身体には無数のへこみが見て取れた。貫通した弾丸もあるのか、いつかの穴から血のようなどろっとした液体が滴っている。
「条件がよかっただけです。ただこれでヤツを仕留め切れるとは思いませんが……」
「……無敵に近いですからね。でも確実にダメージは喰らっているようです。それに、私たちのファーストミッションは達成したと言って良いでしょう。ここからは……」
お互いスコープ から目を離さずに会話をする。ヤツは顔を仰け反らしたまま、糸の切れた操り人形のごとく腕をだらんと垂らして沈黙している。
「ここから先は隊長たちの出番です──」
エドモンドの言葉が合図だったかのように、ブラッディドールの左右背後、そして正面の風景が揺らいだ。
光学迷彩──そう気づいたときには、隊長たちはブラッディドールに向かって突進していた。光学迷彩が解かれ脱ぎ捨てられたマントが宙を舞う。
先ず攻撃を放ったのは後方のふたり──室井隊長とアリーシャだ。疾風のごとくふたりが交差するようにブラッディドールの脇を走り抜けた。隊長たちの残像を残して、ヤツの胴体から腕が二本同時に切り離され地面に転がった。
ライフルでギリギリ貫通できるかどうかの複合金属発泡体アーマーを切断するスピードと腕力──室井隊長たちも霧ヶ谷局長からあの特殊なナイフを支給されている可能性が高いが、それにしても並外れた戦闘技術だ。
「キエエエエーーーーー!!!」
耳鳴りがするほどの金切り声。胴体の切り口から噴水のごとく血色の液体が噴射する。
その隙を狙って望月隊長が正面から攻撃を仕掛ける。右手には先端が尖った小型ブラックホール発生装置が握られている。あと数歩のところで標的の胸に到達すると思った矢先、ブラッディドールが仰け反っていたその半身をグイッと起こした。
反射的に動きを止めた隊長に向けて、強烈な蹴りが放たれる。辛うじてそれを腕で防いだ隊長の身体は後方へと大きく弾き飛ばされた。
(失敗したの──!?)
私は息をするのも忘れ、スコープ 越しに戦闘を見守る。
ブラッディドールは首を大きく回すと前屈みになり全身に力を込め始めた。僅か数秒後、失われた両腕──その付け根から新しい腕が打たれた杭のように勢いよく飛び出した。
隊長達を含め、広場にいる全員がその光景に息を呑んだ。
技術局で観せられたプラナリアの映像が甦る。切られても再生する能力──映像の中でプラナリアは分裂していたが、その応用で腕を再生できたとしてもおかしくはない。だとしたらやつは無敵どころか不死身に近い存在だった。
「キエ! ケッ!! ケッケッケッ!!」
笑ってる──直感的にそう感じた。生え変わった腕から滑りのある液体を滴らせ、まるで呪われた人形のようにやつは不気味に笑っていた。
「──司令部より狙撃班総員に告ぐ! 今すぐやつを撃ち殺せ!!」
無線から司令部の怒涛とも悲鳴とも聞こえる声が耳を伝って脳に響いた。
反射的にトリガーの指に力が入り、その引き金を引こうとした瞬間──ブラッディドールが腕を天に向けて高く振り上げると、そのまま勢いよく地面に両手の拳を叩きつけた。
大きな地鳴りと共に地面が裂け、広場の床がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。大量の砂埃で視界が妨げられ、射撃どころではない。
「エドモンドさん!! この下にはいったいなにがあるんですか!?」
あれだけ広範囲で地面が崩れ落ちるということは、なにかしらの広い空間があるからに違いない。
「この下はたしか駐車場だったはずです……もちろん今は使われていませんが」
私はスナイパーライフルから手を離して立ち上がると、背中のライフルを構えた。
「──ユイ! どこへ行く気ですか!?」
エドモンドが驚いた表情でこちらを見上げる。
「決まってます。隊長達の援護に向かいます」
「無茶ですユイ! 地下の駐車場がどうなっているのか情報がありません。それにあなたもあの敵の能力を見たでしょ? あれは人智を超えた存在です。私たちが行っても隊長達の足手まといになる可能性のほうが高い。後方支援に徹しましょう」
エドモンドの表情はいたって冷静だった。たぶん室井隊長とアリーシャのことを全面的に信頼しているからこそ落ち着いていられるのだろう。
私だって望月隊長を信じていないわけではない。でも、ここでのんびり司令部の指示を待ってられるほど大人でもなかった。
「なんと言われようと私は行きます」
私がその場を立ち去ろうとすると、エドモンドも立ち上がった。
「頑固なところはアリーシャにそっくりですね。わかりました。私も同行しましょう。なにかあったときメディックがいたほうが生存率も上がるでしょう」
彼はそう言ってクイっとフレームに手を当てて眼鏡を直した。
「ありがとうございます……エドモンドさん」
巻き込む形になってしまったが、室井班のメディックが一緒に来てくれるなら心強かった。
「地下には、このビルの階段から降りれるはずです。急ぎましょう」
私は荷物になるスナイパーライフルを解体して敵に見つからない場所に隠した。一方でエドモンドは丁寧にスナイパーライフルをバッグに収納している。
「もう必要ないのでは?」
私の疑問に彼は小さく微笑んでバッグを閉じた。
「何事も備えあれば憂いなしです」
私はエドモンドの言葉を聞いてスナイパーライフルを持って行くか迷うが、迷っている暇はなかった。
屋上の非常口からビルの階段を伝って地下に向かって降り続ける。
ライフルから拳銃に持ち替え、懐中電灯を拳銃にくっつけるように手で固定した。拳銃はなるべく胸元の中心に構え、奇襲に備えて重心を低くする。
建物内に電気は通っておらず、懐中電灯の灯りだけが頼りだった。時折、壁に書いてある階の数字を確認しつつ進んでいく。
「この先が地下への階段ですね。ユイ、地下の現状がどうなっているかわかりません。私が先頭を切ります」
「お気持ちは嬉しいですが、あなたはメディックです。私が先頭に立つので、いざというときには救護を頼みます」
メディックが班にいる場合、なにがあっても守り抜く必要がある。メディックの生存が班の生存率に繋がるからだ。
エドモンドはどことなく悩ましげな表情を浮かべるも、すぐに頷いた。
「わかりました。では、背後は任せてください」
「よろしくお願いします!」
階段の踊りで1Fの文字が確認できた。気を引き締めてさらに階段を降りていく。1階分降り切ったところで、靴が水溜まりを踏んだ。辺りを照らすと、床が水に浸かっている。深さはつま先程度なので進むのに問題はなさそうだ。
「雨水ですかね……排水が機能していないのでしょう。気をつけて進みましょう」
私はエドモンドに頷き返して、B1と書かれた扉のノブをゆっくりと回して中に入った──。
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