Field 13

 輸送車に揺られながら、私はアームデバイスを確認する。作戦開始から一〇分ほどが経過していた。

 左右にベンチが取り付けられた車内に七人。私と望月隊長の望月班。室井隊長とその部下四名の室井班。


「さっきは悪かったな」


 私の目の前に座る赤毛女ことアリーシャが低い声で謝ってきた。


「別に大丈夫です。良い準備運動になりました」


 私の答えにアリーシャは膝を叩いてケラケラ笑う。


「言うじゃないか! いいね! 私は根性があるやつは嫌いじゃないよ」


 そう言って景気よく差し出された手を握り返す。


「あれはたまたまタイミングよく入っただけです。アリーシャさんのほうこそ凄い動きでした」


 決してお世辞ではなく、彼女の動きは想像を越えていた。室井班は精鋭部隊だと望月隊長は言っていたが、他の三人も彼女と同等の動きをするのだろうか。

 もしそうだとしたら、望月隊長が小型ブラックホール発生装置を使わずにブラッディドールを倒すことだって……私は淡い期待を胸にして直ぐに仕舞い込んだ。任務で楽観的な見方は危険だ。常に最悪の状況を想定しろと日頃から隊長にも言われていた。


「お前のとこもだいぶ賑やかになったな」


「ああ──お前と二人で組んでいた頃よりだいぶな。まあ見ての通り、問題児ばかりだが腕は保証するぜ」


 望月隊長の言葉に室井隊長は白い歯を見せて豪快に笑った。

 室井隊長が望月隊長のバディだったとは初耳だ。解放軍は隊長と一等兵以下のツーマンセルが基本なため、隊長同士が組むのは異例だった。

 ただ、高難易度の任務のみに限り、そういう組み合わせがされることがあると噂程度には聞いたことがある。


「彼らは外国人部隊の出か?」


 名前からして感じていたが、室井隊長を除いて残りの四人は日本人とは掛け離れた外見をしている。岩山みたいな室井隊長も相当日本人離れしているが……。

 外国人部隊が横須賀支部のほうにあるとは聞いていたけれど、横須賀は数年前に大規模なイデアの奇襲を受けて壊滅したはずだ。


「ああ。こいつらは横須賀支部の生き残りだ。引き受け先が無かったから、俺が隊を組んで預かっている」


「預かってるって。隊長、俺らは子供じゃないですよ」


 クルクル髪のマイケルが虫みたいな声でささやく。彼の声はこもったマイクのように不思議な低音をしている。索敵と言っていたので特殊な訓練を積んでいるのだろうか。


「おう! 悪かった! 他に良い言い方が思いつかんでな。まあ、お前らはおれの息子、娘同然だ! お父さんって呼んでいいぞ」


「誰が隊長みたいな岩みたいでむさい男を父って呼べるかよ!」


 アイーシャがすかさずツッコミを入れる。それが想像以上に真剣な様子だったので、私は思わず笑ってしまう。他の室井班のメンバーからもクスクスと笑いが溢れた。


「アリーシャは室井隊長にぞっこんだからねぇ。そんなに恥ずかしがらなくていいよ」


 サイモンが艶やかな金髪をかきあげながら笑う。爽やかさが板についている。


「だ、だれが好きかよ! バカかおまえ!!」


「素直なほうが女性はモテますよアリーシャ」


 まるで牧師のように柔らかな口調でメディックのエドモンドがアリーシャを諭す。


「うるせえエドモンド! お前に女の気持ちがわかってたまるかってんだ!」


 エドモンドは撃沈されしょんぼりと項垂れた。初対面の印象が殺伐としていただけに、こうして他愛もない会話を聞いていると悪くないチームに思えた。それも室井隊長の包容力があってのことなのかもしれない。


「お前らその辺にしとけよ。そろそろ作戦区域に到着する頃だ」


 室井隊長の言葉で全員の顔つきが変わった。車内の空気が一気に研ぎ澄まされていく。切り替えの早さはさすが精鋭部隊といったところだ。


「隊長、目的到達前に最終確認をお願いします」


「わかった──」


 マイケルの言葉に室井隊長が全員を見渡す。


「本作戦のメインターゲットは通称ブラッディドール。こいつを倒すことが作戦の達成条件となる。マイケル──」


「はい──」


「目的地到着後、お前はいつも通り索敵に入れ。本部隊と連携して速やかに標的を探し出し、やつを作戦ポイントまで誘導。その後は後方で待機。命令があるまでいつでも動けるようにしておけ」


「ラジャー」


「サイモンは誘導ポイント周辺にトラップを配置。トラップの種類はわかってるな」


「もちろんです隊長。おれのトラップに掛からなかった獲物はいませんよ」


「頼もしいな。エドモンドは狙撃犯と連携を取ってベストな位置にポジショニングしろ。負傷者が出た場合には治療を優先。そして……」


 室井隊長は途中で言葉を止めて隣に座るアリーシャに顔を向ける。


「お前はいつも通り俺のサポートだ。相手は強敵だ気を抜くなよ」


「ったりめーだ隊長! 実態のある機械だかロボットだかしらねーけどスクラップにしてやるよ」


 アリーシャが自信満々な顔で親指を下げるジェスチャーをする。

 

「心配なさそうだな。望月、お前のサポートは俺らが万全を尽くしてやる。この作戦はお前の腕に掛かっているんだ……完璧に決めろよ」


「言われなくても決めてやるさ。そのために俺は今日ここにいる」


 望月隊長が笑みを浮かべる。「だな──」と、室井隊長が差し出した拳に、隊長も自分の拳を合わせる。

 二人がどれくらいバディを組んでいたのかわからないが、強い信頼関係を感じられる。


「ユイ──お前はエドモンドと一緒に行動を共にしろ」


「えっ? ですが……」


 隊長の言葉に耳を疑う。てっきり行動を共にすると思っていたし、なにより狙撃用の装備をしていない。


「お前も兵士だ、決して心配をして下がらせるわけじゃない。四人全員が前線に出て全滅したら作戦は失敗する」


「私は保険ということですか?」


「万が一に備えるだけだ。もし俺たちがやられたら……」


 私は隊長の言葉を待った。とても言い出しづらそうに、苦しげな表情を浮かべている。


「私が引き継ぎます。隊長の意思を」


 隊長は真っ直ぐ私の目を見て頷いた。


「さすがは俺のバディだ。そのときはお前に託した」


「わかりました。私を信じてください」


 隊長は愁を帯びた笑顔で私の肩に手を置く。絶対そうならないようにする──隊長の強い意思が伝わってくる気がした。


「良いバディを持ったな望月」


 室井隊長が嬉しそうに微笑んだ。


「ああ──自慢のバディだ」


 隊長の言葉に顔が火照る。私は恥ずかしさに顔を伏せた。


「ははーん、なるほどねぇ」


 アイーシャがニヤニヤしながら目を細めてこちらを見てくる。


「な、なんですか?」


「いや、なんでもないよ」


 そしてひとり納得したように、うんうんと頷いている。

(なんなんだまったく……)

 私は自分の心を覗かれたようで気まずくなる。


「どういう意味ですか?」


 エドモンドがとぼけたようにアリーシャに尋ねる。「もうやめてくれ!」と私の心が叫び声を上げた。


「あんたには死んでも理解できんだろうよ」


 エドモンドがまた撃沈され項垂れる。可哀想だがその姿が板についていておかしい。少し心がほぐされる。


 どんな結果になるかなんてわからない。

 余計なことは考えずに、全力で隊長たちをサポートする。それだけに集中するんだ。


 私は歯を噛み締め、自分の拳を強く固く握りしめた。

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