Field 12
アームデバイスを確認すると12:30と表示されていた。作戦開始まであと三〇分──。
「望月、すまんな騒がしい連中で」
大柄な室井隊長が申し訳なさそうに私たちに視線を送る。
「いや、それより作戦の説明をしておきたい」
望月隊長は普段通りの冷静な口調で作戦内容を説明し始めた。
隊長の説明によると、作戦は斥候班、狙撃班、護衛班などで編成された通常隊と、室井班、私たち望月班で編成された特別隊で行動するらしい。
標的であるブラッディドールは歌舞伎町付近で目撃されているので、斥候班が広場に誘導する。それを待ち伏せした狙撃班が一斉射撃で動きを止めたあと、室井班と望月班で小型ブラックホール発生装置を標的に取り付けるのが今作戦の大まかな流れだった。
話しだけ聞くと、とくに難しい作戦ではないように思える。想定外の敵襲にも耐えられるように人員は十分に確保しているとのことだ。
問題は、ブラッディドールが果たして今も歌舞伎町にいるのかだ。監視班によると、歌舞伎町から出た形跡はないとのことだが……。
「以上が主な作戦概要だ。作戦の詳細はデバイスにも送信されている。各自、確認して頭に叩き込んでおいてくれ」
「彼らとの連携はどうするのですか?」
私は率直な疑問を投げかけた。知り合ったばかりの問題児集団と上手く連携が取れるとは思えない。
「ああ、まあ。その辺は任せてくれお嬢ちゃん。おれらは臨機応変に慣れてるからヘマはしないさ」
室井隊長が大柄な身体を揺らして豪快に笑う。お嬢ちゃんというワードに少し引っかかるが、屈託のない彼の笑顔を見ていると、まあいいかという気持ちになってくるから不思議だ。
「大丈夫だユイ。彼らはこう見えて解放軍きっての精鋭だ。俺たちは自分たちの役割に集中しよう」
「隊長がそう言うなら、わかりました……」
その後、望月隊長から接近戦になるから備えておくように言われた。
私は哨戒任務に必ず持っていくスナイパーライフルではなく、接近戦、中距離戦の双方に対応できるアサルトライフル、拳銃に徹甲弾を装填して太もものホルダーに差し込んだ。
「ユイ──。それとこれはシレンからだ」
シレン……霧ヶ谷技術局長の少女のような顔が脳裏に浮かぶ。
隊長がベンチの上に青い鉄製の鞘に収まったナイフと手の平サイズほどの細長いケースを置いた。
「これはナイフですか?」
「ああ。特殊なナイフでな、超音波と高熱を同時に発生させて切れ味を格段にアップさせたものらしい」
隊長がナイフを手に取り鞘から抜くと、ブレードの部分が熱を帯びたように赤くなった。超音波での振動は肉眼ではよく確認できない。
「よく切れるから扱いには気をつけろ。そこら辺の鉄なら普通に切れるそうだ。まあ、ヤツには気休め程度なのかもしれないが」
「そちらのケースは?」
隊長はナイフを鞘に収めると、無言のまま黒いケースを見つめている。
「こいつはできればお前には使って欲しく無いものだ……」
「どういう意味ですか?」
「アクセラレーターという言葉は聞いたことあるか?」
「いえ……初耳です」
隊長はケースを手にして横にスライドさると、バンドに固定された注射器が一本だけ収まっていた。血を薄めたような赤い薄透明色の液体が生々しい。
「こいつは体内のナノマシーンを強制的に活性化させる薬だ。持続時間は2分と短いが、その間は超人的なパワーを得ることができる。問題は打った後の副作用だな……」
「どんな後遺症が?」
「全身の激しい激痛、痺れ、嘔吐、麻痺……まあ端的に言えば動けなくなる」
想像しただけでも身体が痛くなってくる。それよりも、戦闘中に動けなくなるのは致命的だった。相手を倒しきれない場合もだが、他にも敵がいたらそこで終わる。
「やばい薬ってことですね……」
「そうなるな。副作用が治っても昏睡状態に陥る者もいたため、開発後すぐに禁忌薬に指定されたいわくのドーピング剤だ。製造方法も失われたと言われていたが、シレンが古い資料を元に再現したらしい」
隊長はケースの蓋を閉じるとゆっくりベンチの上に戻した。
「できれば使うな。ここぞという時の保険として持っていろ」
「了解しました」
私はナイフとケースを太もものホルダーに装着した。アクセラレーターはできれば使いたくなかったが、相手が相手なだけに必要に迫られる場面もあるかもしれない。
「準備ができたら出撃する。先行隊は既に出発したようだからな」
待機室には私と隊長しかいなかった。室井隊は既に出撃ルームにて待機している。
「隊長あの……」
もし作戦が成功するとしたら、私が隊長と過ごせる時間も残り少ない。なにか伝えなきゃという想いだけが込み上げてきて、言葉にならないまま泡みたいに消えていく。
隊長はどうかしたのかという表情でこちらを見下ろしていた。灰色の瞳に隊長を見上げる私の泣き出しそうな顔が映り込んでいる。
「今日は頑張りましょう!」
なんだそれ。言いたいのはそんなことではないのに、口から出てきたのは取り留めのないどうでもいい言葉。本当に泣き出しそうで歯を噛み締めてぐっと涙を堪える。
隊長は返事の代わりに私の頭にポンと手を置いた。
「気張るな。俺がついてる」
そう言って隊長はにっこり笑った。行くぞ──と振り向きざまの短い掛け声。この笑顔が見れなくなると思うと、私の目から一筋の涙が溢れる。
遠ざかる背中。
行かないで! 行かないでよ!!
届かない声を私は叫び続けた。
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