Field 9
「──おい! 火打!!」
いきなり名前を呼ばれてハッとなる。視線を前に向けると鬼のような形相をした教官の顔がそこにあった。
「ちゃんと聞いてるのか!!」
「はい!! 申し訳ありません!!」
私は慌てて席から身を起こして敬礼した。完全にうわの空だった。
「弛んでるんじゃないのか? お前はそのままの姿勢でいるように!」
やってしまった──。
私は両手を後ろに組んで直立姿勢のまま立たされることとなった。
一等兵以下の兵士には週一で座学の授業が設けられていた。今がその授業中というわけだ。
望月隊長のことが消化しきれていない私は教官の話など全く聞いてなどいなかった。
「今日は少し予習も兼ねた授業になる。先ずはイドラの特性についてだが……」
このままだと懲罰部屋行きになりそうだったので、私は無理矢理でも頭を授業に集中させた。
イドラは今から約四十年ほど前に、とあるゲーム会社のマザーAIが暴走したことによって現れたとされている。
マザーAIにより人工衛星がハッキングされて、私たち人類は強制的に仮想空間に常時繋がっている状態になったのだ。
私たちの体内ではナノバイオマシンが全身を管理している。ナノバイオマシンは一度体内に注入されたら、親から子どもに受け継がれ消えることは決してない。
当時は画期的だったのだろうが、今となっては忌々しい呪縛でしかない……。
イドラが人類の脅威となったのは、その武器がマザーAIによって改良され、ナノバイオマシンを停止させる効力をもっていたことだ。
ナノバイオマシンが停止すると人間の心臓が止まる。
つまりヤツらは人間を殺せる。いとも簡単に。
イドラは基本的に私たちと同じような黒い戦闘服を着ているが、顔は文献に出てくるような悪魔に似た姿をしていた。
皮膚はどす黒く、黄色く爬虫類のような目、額から二本のツノが生えている。
どうしてそういった姿をしているのかは詳しくわかっていないが、一説ではマザーAIが意図的に人間の恐怖心を煽るように設計したとされている。
「火打! イドラに有効な対抗手段と注意点を述べてみろ!」
教官の怒鳴り声が教室内に響き渡る。
「はい! イドラに対して実弾は無効です。イドラの実態はデータの集合体であるため、そのデータを破壊するEMP兵器が有効であるとされています。日本解放軍が装備している武器には強力な電子パルスを放出する性能があり、有効な対抗手段となります。
注意点としては、イドラも私たちと同じEMP兵器を使用するということです。EMPはナノバイオマシンを停止させます。これは死に直結することから、イドラの攻撃は実弾と同じかそれ以上に脅威です。
対抗手段として、兵士に支給される戦闘服は一定の電子パルスを無効化する特殊素材で作られています。ですが、過信は危険と言えます。集中攻撃または電子パルス爆弾など攻撃力の高い攻撃を受けた際には、戦闘服の防御率を上回ることが想定されるからです」
私は大きく息を吸い込んだ。一気に喋り倒して呼吸をするのを忘れていた。
「うむ──では、敵からの集中砲火を受けた場合の対処法はなんだ?」
「はい──敵に囲まれ逃走手段を断たれた場合、最適な有効手段は電子パルスシールドです。シールドは自身の半径五メートル以内に強力な電磁バリアを発生させ、多方面からの攻撃を防ぐのに有効です。また使用者側からの攻撃はシールドを貫通する性質があるため、防御壁としての役割も期待できます。
欠点としては、シールドは戦闘服に蓄積された太陽光エネルギーの消費が著しいため、展開は三分を限界とするところです。そのため、シールド展開後は速やかに敵網を崩し、逃走経路を確保する必要があります」
「さすがだな火打──完璧な回答だ。もう座っていいぞ」
教科書通りの模範解答に教官は満足そうに頷いた。私は敬礼して静かに着席する。
これらの戦法は対イドラ戦に対しては確かに有効だ。しかし、ヤツには……ブラッディドールには通用しない。
実弾を使った対人戦法も、その殆どが意味をなさないだろう。
小型ブラックホールが唯一、確実にブラッディドールを葬り去る手段であることは間違いなかった。
例えそれが、ひとりの命と引き換えになる方法だとしても……。
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