Field 6

 長い廊下を渡り、食物庫、武器倉庫を経由して軍施設の奥へと進む。

 前を歩く望月隊長はずっと黙ったままだったので、仕方なく私も黙って歩き続ける。


 やがて開けたホールへと辿り着いた。鉄の壁で覆われたなにもない無機質な空間。点々と設置されたスポットライトがオレンジ色に辺りを薄暗く照らしている。

 中央に鉄製の大きな円盤が見えた。マシンガンを装備した警備兵がそれを守るように巡回している。私たちは立ち止まらずにそのまま部屋の中央へと移動する。隊長が警備についていた兵士と軽く言葉を交わすと、円盤の上で歩みを止めた。私もそれに従って彼の隣に立つ。


「ユイは技術局に行くのは初めてだったな」


 隊長がやっと口を開いた。道中もう少し技術局について説明が欲しかったけど、仕方ない。いつも気さくな隊長でも話したくない時もある。


「はい。ここに来るのも初めてです」


 技術局は私のように階級の低い兵士が立ち入れる場所では無いため、軍の最深部にあること以外は謎に包まれていた。

 たしか資料によれば、武器や装備開発がメインだったはず……。


 そのまま立っていると、警戒音が鳴り、ガコンと円盤が振動し降格を始めた。

 上から差し込むホールの光が徐々に遠ざかり、暗い筒状の中を円盤がゆっくりと下がっていく。

 まるで巨大な生物の喉を通過するかのように、得体の知れない不安が私の心をざわつかせた。

 暗闇と閉鎖された空間が怖いのは小さい時の記憶からだった。兵士としてはハンディキャップでしかない過去のトラウマを呪うしかない。


「大丈夫だユイ」


 私の不安を見透かしたように、隊長がそっと私の肩に手を添えた。

 肩に置かれた手を通じて隊長の温もりが伝わってくる。

 安心する……満潮に達した潮が引くかのように、私の心は徐々に落ち着きを取り戻していく。


「それにしても深いですね……」


「ああ。軍もよくこんな深くまで掘ったものだ」


 点滅する非常灯がコマ送りのように視界を照らしては消えていく。

 どれくらい深くまで潜ったのだろう。円盤から発せられていた鈍い音が徐々に弱まり、小さな振動と共に動きを止めた。


「着いたぞ」


 目の前の壁が左右にスライドし、その分け目から光が差し込む。暗闇に慣れた目は光に耐えきれず目の前が眩んだ。

 徐々に戻っていく視界の先は、繋ぎ目のない白い壁に覆われた一室──奥の方に高さ4メートルは優にありそうなガラス張りの扉が見えた。その両側に白いコートに身を包んだ衛兵が佇んでいる。


「私、もしかして死んだんですか?」


 唐突に口から出た言葉。暗闇から一転して出現した純白の光景に、私は戸惑いを隠せなかった。降りたのだからここは天国ではなく地獄だろうか。でも、地獄にしてはずいぶんと明るい。


「いや、ちゃんと生きているから安心しろ」


 私の突拍子もない質問に望月隊長が笑いを含むように返した。きっと隊長も初めてここを訪れたとき同じことを思ったに違いない。

 ガラスの扉に近づくとそれまで微動だにしなかった衛兵が最小限の動きでこちらに顔を向けた。白のフルフェイス越しからはその表情は伺えない。鏡のようなバイザー越しに自分の姿が映し出されている。


「IDを提示して所属と階級を述べよ」


 衛兵は隊長からカード型のIDを受け取り、腕の端末に読み込ませた。


「解放軍歩兵師団第一小隊所属、隊長の望月カガリだ」


 隊長が慣れた口調で所属と名前を口にする。


「IDの一致を確認した。そちらは?」


 フルフェイスが私の顔を見つめる。実際の視線はどこにあるかは不明だ。


「私の部下だ。ユイ、IDを」


 隊長に言われて、私も胸元のポケットからIDカードを取り出して衛兵に渡した。


「解放軍歩兵師団第一小隊所属、望月班一等兵の火打ユイです」


 衛兵は先ほどと同じように、私のIDを確認する。


「照合が完了した。通っていいぞ」


 IDが返却されるや否や、重厚なガラス扉が音を立てずに開かれた。こんな巨大な扉が音を立てずに開くのは驚きだった。


「まて、装備はこちらで預かる」


 私たちは装備していた拳銃とナイフを差し出されたトレーに置いた。軍内部とはいえ、丸腰でいるのは少し不安だけど仕方がない。抗議したとでこの鉄仮面たち相手には無駄だろう。


 扉を潜りアーチ状の通路を抜けると、またもや開閉式の扉がいく手を拒んだ。いったいどれだけ厳重なんだか……。


 扉には太い幾何学的なゴシック体で「国防高等研究技術局」と大きく印字されている。正式名称が長いので技術局と略して呼ばれており、ここが目的の場所であることは間違いなかった。


「ユイ、間違ってもの前で子供という単語は使うな」


「えっ? あいつって誰のことですか?」


 言葉の意味が理解できずに思わず間の抜けた声が出てしまう。


「まあ、会えばわかる」


 隊長が扉の前に立つと無数の赤い光線が私たちの身体をスキャンし始めた。スキャンが終わると、赤色だった天井のランプが緑色に点灯して扉が左右にスライドした。


「ここに来るのは久しぶりだな」


 隊長はそう呟くと慣れた足取りで中に入って行く。言葉の意味が気になったが、考える暇もなく私も慌てて後を追った。


 技術局はひとつの大きなドーム型の施設になっていて、ドーム全面を覆うように液晶モニターが格子状に張り巡らされていた。

 画面には、空や廃墟と化した街並みが映し出されていて、どれもどこかで見たような馴染みのある風景だ。


「外の映像──?」


「ああ、監視カメラや俺たち兵士のヘッドカムからの映像とかが映し出されている」


 隊長の言う通り、映像の中には小刻みに動いているものもあった。星のように映し出された無数の画面を見ているだけで頭が痛くなってくる。


「カガリ。久しぶりじゃな」


 突然の呼びかけに視線を下ろすと、いつの間にか白衣姿の二人の職員が立っていた。

 ひとりはスラっとした長身の若い女性。白衣の下はタイトな軍用スカートにジャケットをカチッと着こなしている。いかにもインテリな雰囲気を漂わせているが彼女が局長だろうか。

 もうひとりは……子供?


「久しぶりだなシレン」


 隊長は私が子どもと認識したばかりの相手に挨拶をした。隊長がシレンと呼んだ人物はどうみても十三歳くらいにしか見えない女の子だ。身長は私よりもだいぶ低いし、顔もあどけない。腰まである長い髪は蛍光色に近い青色をしており、波のように緩やかにウェーブがかっていた。

 服装は隣の女性と一緒だが、足元は一般的なヒールではなく踵の高い特殊な軍靴を履いている。

 なにより目を引いたのは彼女が首からかけていたネックレスだった。子供が描いた丸のように歪な形をした透明な素材に、押し花と思われる綺麗な青い花が埋め込まれている。


「子ども……??」


 私が思わず発した言葉に、少女のクリクリな瞳がこちらを睨んだ。どう見ても小動物な見た目の彼女から凄みは感じられないが、明らかに怒っているのは伝わってきた。


「ふん。わしはお主より歳上じゃ。わきまえろひよっこ」


 歳上? なにかの冗談であって欲しい。

 

「この方は霧ヶ谷局長です。私は副局長の宮本マツリと申します」


 長身の女性が冷静な声で間に入る。局長と副局長……私はふたりを見比べるように視線を左右に往復させる。逆でしょ。どう見ても。


「えっ!? あ……ご無礼大変失礼いたしました!! 私は歩兵師団第一小隊所属、望月班一等兵の火打ユイです」


 私は慌てて敬礼した。歳上? 局長?? ほんとタチの悪い冗談であって欲しい。


「あはは。まあ、ユイがそう思うのも仕方ない。見た目はどう見ても……な?」


 望月隊長がこちらにそっとウィンクした。私は気まずさで顔が噴火しそうだ。そして、もっとちゃんと説明してくれてもよかったんじゃないかと、隊長を睨みつける。


「黙れカガリ。そんなことより、なにか理由があってここに来たんじゃろ?」


 霧ヶ谷局長の問いに、隊長が少しだけ姿勢を正して真剣な表情を浮かべた。


「ああ……お前も既に知っているだろ、あの得体の知れないやつのことだ。率直に聞くが、なにか対抗策はないのか?」


 小さな局長は少しの沈黙の後、急に踵を返した。


「そうじゃろうかと思った。お前に見せたいものがある。ついてこい」


 似合わない軍靴をかつかつと鳴らして、局長はさっさと歩き出してしまった。あんなに足音がするのにどうして目の前に現れるまで彼女の存在に気づけなかったのだろう……。


「こちらへ」


 副局長がスラっとした腕を伸ばして手の平を施設の奥に向ける。

 望月隊長が「いくぞ」と私に視線を送ってきた。ぎこちなく頷き返しながら、私の技術局デビューが最悪のスタートを切ったことに、深くため息をついた。

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