Field 5

「えー、今の諸君に観てもらったのが、三日前に本間ケイスケ隊長とその部下、名倉トモカ二等兵の戦闘を記録した映像だ」


 小山大佐が額の汗をハンカチで拭った。


「あれは一体なんだ?」


 望月隊長が迫るような低い声で小太りの大佐を問いただした。


「おい! 上官に向かってその口の聞き方はなんだ!!」


 大佐の隣にいた部下が唾を飛ばして声を荒げた。

 望月隊長が視線をそいつに向ける。その目は明らかに怒りで燃えていた。

 隊長の鋭い眼光に相手は怖気付くようにして一歩下がった。


「よ、よせ──」


 大佐が慌てて部下を制した。

 階級は下でも、隊長クラスの隊員は直接上層部のトップ、言い換えれば総司令官に直接コンタクトを取ることが可能だった。

 大佐としてはそのようなことをされて自分の評価が下がるのが嫌なのだろう。全くもってくだらない理由だ。

 大佐はコホンとわざとらしく咳払いをすると、言葉を続けた。


「敵の詳しい正体はわかっていない。ただ、映像の分析からやつは通常のとは違い、実態のある新手の敵と思われる」


──私たち人類の敵。なんでも、ラテン語で幻影という意味らしいが、実態がないからそう呼ばれているのだろう。


「仮想空間のユニットでは無いと言いたいのか?」


 望月隊長がさらに大佐を問い詰める。


「う、うむ。そういうことになる」


 大佐の歯切れの悪い答えに、作戦室がざわつく。

 敵が仮想だろうが実態があろうが関係ない──どうやったらあいつを倒せるのか、それだけで私の頭の中はいっぱいだった。


「まあ、とりあえずこれを見てくれ」


 前方の照明が落とされ、スクリーンに一枚の画像が映し出される。お世辞にも鮮明とは言い難いその画像には、なにか工場のような建物が映し出されている。


「これは、東海支部から送られてきた画像だ。静岡にある古い軍事用のロボティックス工場だが、は稼働していなかった」


「今まではというと、今は稼働しているんだな。もったいぶらずに早く要点を話せ」


 望月隊長の声のトーンが一段と低くなる。


「う、うむ。この工場がイデアによりハッキングされたことが判明した。恐らくやつらはここで人工ロボット。つまりは、戦闘型アンドロイドの製造に成功したと我々は踏んでいる。それが先ほど映像にあった敵と考えて間違い無いだろう」


「なんだと……」


 作戦室にいる全員が言葉を失った。それが本当ならかなりマズい状況だ。


「つまり俺たちは、イドラに加え殺人ロボットの相手もしなければならないと言いたいんだな?」


 小山大佐額から滝のような汗が流れ出る。手にしたハンカチは既にずぶ濡れだろう。


「端的に言うとそうなるな。だが、現在は本部のサイバー班が工場の逆ハッキングに成功している。当面の間はやつらも生産をストップせざるを得ないだろう」


 そんなの時間稼ぎに過ぎないことはここにいる誰もが分かっていた。

 仮想空間にいる知能に対して、生身の人間がハッキングで対抗するなど到底不可能だ。


「やつらに対抗する手段はあるのですか?」


 私は苛立ちを覚え、思わず声を上げた。


 小山大佐は隊長でない私の発言に一瞬目を丸くするも、部下に向かって手をクルッと回転させた。

 スクリーンの画像が切り替わり、先ほどトモカ達が交戦した敵の姿が3Dで映し出される。


「えー、これが工場で生産されたと思われる敵の概要だ。技術班が現場に落ちていた破片を分析したところ、複合金属発泡体という特殊な素材で作られていることが判明した。この素材は軍事用に開発されていたもので、実弾の持つ運動エネルギーを80〜90%吸収する性質を持っているとされている。恐らくやつの身体はこの素材で出来ている」


「つまり実弾はほぼ意味無いと……?」


「全く意味がないわけではない。映像にもあったが、名倉隊員の狙撃弾が敵の装甲を凹ませたように、一定のダメージを与えられることが推測される。それにだ、いかに特殊な金属であろうとも、完全無欠というわけではない。攻撃を一点に集中して与え続ければいいだけのこと」


「で、ですが……スナイパーライフルでも相手を怯ませるぐらいの効果しかなかった。いったい何発打ち込めばいいのか……」


 後ろから隊員たちの絶望感溢れる声が聞こえてきた。

 動く的に一点集中となるとスナイパーライフルでは到底無理な話だ。


「俺の知る限り、スナイパーライフルより強力な実弾銃器を解放軍は所有してないはずだが? なにより、スナイパーライフルで火力は出せてもそれを連続して標的に当てることは難しいだろう」


 望月隊長の言葉通り、軍で最も単発の火力を出せるのはスナイパーライフルだった。

 以前はもっと強力な重火器もあったらしいが、対イデア戦において、武器の威力はあまり意味をなさない。実態の無いイドラ相手に通常の武器は通用しないからだ。

 そのため、軍は対イドラ戦用の武器開発に力を入れ、実弾は拳銃、ライフル、マシンガン、スナイパーライフルのみの製造にシフトした。

 重火器は私も資料で見たことあるくらいだ。


「そんなことはわかっている! それについては現在、技術局のほうで開発を急がせているところだ」 

 

 大佐が豊満な身体を震わせながら額から汗を撒き散らした。

 まるで水から上がったブルドッグのようだ。いや、ブルドッグに失礼か。


「要はなにも対策が無いとのことだな」


 隊長の指摘に大佐の顔が真っ赤になる。その様子がこれといった策は無いと語っている。


「と、とにかくだ! 本部でも対策を練っている、お前たちは次の作戦まで通常任務を怠らないように!」


 痛いところを突かれた大佐は唐突に会議を打ち切ると、ざわついた隊員たちを置いて部下と足早に会議室を出ていった。


「隊長。あいつを仕留めるにはどうしたら……」

 

 大佐の態度には呆れたが、前線に出る私たちにとって、なにも対抗策が無いのは死んでこいと言われているようなものだった。


「安心しろユイ。本間と名倉の仇は必ずとってやる」


 隊長の灰色がかった瞳が私の視線を捉える。私は引き込まれそうになる気持ちをぐっと堪えて奥歯を噛み締めた。


「今から技術局に行くぞ」


「技術局ですか? でも隊長、大佐の言葉では未だ武器は完成していないんじゃ……」


 隊長は立ち上がると口端を少しだけ上げて顔を傾けた。


「あの大佐のことだ。どうせ自分から技術局に足を運んだりはしていないだろう。だから直接行って話を聞く」


 そう言うと彼はさっさと歩き出した。私も慌てて席を立つ。

 一歩先を行くその広い背中を見ていると不安だった気持ちが和らいでいく。

 何度私はこの背中に助けられたことだろう……。


 以前、私が任務で失敗して一緒に組んでいたチームメイトが負傷してしまったことがあった。彼は脚に怪我を負って兵士として前線に出られなくなった。

 私は自分の力不足故に苛み、とことん落ち込んだ。また失敗するのが怖くて、銃もろくに握れず殻に閉じこもった私に、望月隊長はいつもと変わらない、優しく穏やかな口調で私にこう言った。


『絶望して立ち止まっていても過去は変わらない。変えたければ歩け、一歩でもいい。踏み出すことができればそこから未来は変えられる』


 その言葉を力に、私は今まで頑張ってこれた。そしてこれからもきっと……。

 自らの足で、その一歩を踏み出せば未来は変えられると強く信じて。


 力強く進む隊長の背中を前に、私も負けじとその背中を追った。

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