Field 4

 B1作戦室に入ると、既に先着が何人かいた。作戦室はそんな広くはなく、三十人程度が座れる感じだろうか。私と望月隊長は適当に空いてる席に座った。


「どうやらツーマンセルでの呼び出しみたいだな」


 隊長の言葉通り、他の隊長もそれぞれ一人二組で座っている。

 程なくして、小さい作戦室はほぼ満席になった。知った顔もちらほら。任務で好成績を上げているメンツばかりだ。


 正面の壁に設置されたデジタル時計が08:00と表示されたと同時に、白い軍服を着た小太りの男が部下を数名引き連れて室内に入ってきた。


「えー、緊急招集に集まってくれてご苦労。私は司令本部の小山大佐だ」


 恐らく戦闘を経験したことが無いと思われるその弛んだ身体で大佐とは解放軍が聞いて呆れる。

 目の前で唾を飛ばしながら喋っている小山大佐を私は冷めた目で見ていた。


「諸君に集まってもらった理由についてだが、先ずはこれを見てもらったほうが早いだろう。おい──」


 大佐が部下に指示を送ると、部屋の照明が落とされ、前方のスクリーンに映像が映し出された。


 映像は不安定で揺れている。どうやら隊員のヘルメットに取り付けられているから撮られた映像のようだ。


 見慣れたビルの景色からして、場所は新宿の歌舞伎町付近で間違いない。

 私はその後、映像の先に映った隊員の姿を見て硬直した──そこにはトモカの姿が映し出されていた。


「ねー隊長〜ってばぁ、ちょっと休憩しましょーよー」


 トモカが特徴的な声で駄々っ子のように身体をくねらせる。


「バカ言え。今さっき任務を開始したばかりだろうが。そう言う戯言はせめて作戦が終わってから言え」


「じゃあ、任務が終わったら一杯奢ってくださいね!」


「なんでそうなる……まあ、いいだろう。お前の好きなあの甘ったるいイチゴミルクなんとかでいいのか?」


 トモカの顔がパッと明るくなる。同時にその場で子犬のようにピョンピョン飛び跳ねた。


「イチゴミルクハニーフラッペです! あれ食堂の新作なんです〜! わーい! 隊長大好きー!! ハグさせてください!!」


 トモカの顔がグッと近くなる、どうやら本間隊長に駆け寄ったようだ。


「おい──やめろバカ!」


 本間隊長に突き放されてトモカがテヘヘと舌を出した。

 

「そう言えば隊長に聞きたかったことがあるんですよー」


 トモカの言葉に本間隊長は反応しない──カメラの視点はトモカではなく、そのさらに後ろを捉えている。

 

「ねー、隊長っば聞いてます?」


「あれはなんだ……」


 本間隊長の異変に気づいたのか、トモカも後ろを振り向く。

 一見、映像にはただビルに囲まれた通りが映っているように見えた。だが、目を凝らすと通りの奥で何か人影のようなシルエットが動いている。


「──イーグルワンより本部。聞こえるか」


 本間隊長が本部との通信を開始する。短いノイズのあと、本部からの応答が入った。


「──こちら本部。どうしたイーグルワン」


「──レーダーに映っていない敵影を確認──そちらではなにか捉えているか?」


「──いや、イーグルワン。こちらのレーダーにも敵影は確認していない」


「──そんなバカな……。本部──レーダーに映らない正体不明の敵影を確認した。交戦の許可を要請する」


「──イーグルワン、了解だ。交戦を許可する。ただ敵の正体が不明な以上、十分注意して当たれ」


「──了解した」


 本間隊長は本部との通信を切ると、手首のディバイスに表示されたレーダーを再度確認する。

 やはりレーダーにはなにも映っていなかった。レーダーに映らないということは、敵はイドラでは無いのだろうか。あるいは何かしらの手段でレーダーを妨害している可能性も考えられた。


「名倉──あいつが何なのかは分からんが、放ってはおけない。これよりターゲットを前方の敵影に設定。私がやつを引きつけるから、お前は後方からの狙撃で援護してくれ」


 本間隊長の指示にトモカが頷く。その顔は緊張で酷く強張っている。


 本間隊長が散開の合図をハンドサインを出し、放置された車両の後ろにポジショニングする。

 映像の片隅に後方に移動するトモカが映り込んだ。


 映像が固定され、アサルトライフルの銃身が画面半分に映し出されている。

 その先で、ヘッドカムの映像がこちらに近付いて来る敵影を捉えていた──それは私も今までに見たことのないユニットだった。


「──おい、あれは一体なんだ……」


 後ろの方の席で誰かが呟いたと同時に、作戦室がざわつき出す。

 私は隣に座っている望月隊長に視線を向けるも、彼は真剣な表情で映像を凝視している。


 本間隊長のヘッドカムを通して、スクリーンにそいつの姿が鮮明に映し出された──服は着ておらず、全身が剥き出しになっているいて、血を塗りたくったような赤色をしている。

 顔から全身にかけて凹凸がなく、全体的にのっぺりとしていえ、その姿はまるで血に塗れた裸のマネキンのようだ。

 両手首から先には先端が細くなった筒状の銃身のようなものが生えていた。


 プシュッという空気圧を含んだ音が立て続けに三回、本間隊長のライフルから三点バーストで弾丸が発射される。弾は一寸の狂いもなく全て敵の顔に命中。


「本間のやつ相変わらずいい腕をしている」


 望月隊長が低い声で呟いた。たしか本間隊長とは同期だったはずだ。食堂で遅くまで笑いながら語り合っているのを何度か見かけたことがある。


 本間隊長の攻撃を喰らったそいつの動きが止まる。

 だが、それは何事もなかったかのように顔をこちらに向けた。


「攻撃が効いてない──!?」


 焦りを感じさせる本間隊長の声が映像から吐き出される。

 作戦室の空気が凍りつく。

 私たちの銃は通常、実弾ではなく圧縮された強力な電磁波を飛ばす──それが唯一、に有効な攻撃手段であり、最も確実な攻撃でもある。

 だけど、それが効かないとなると……。


「──名倉聞こえるか?」


「──はい! 聞こえてます!!」


「あいつに電磁パルス弾は効かない。実弾モードに切り替えろ。おれがやつの隙を突く。その間にヘッドショットを決めろ」


「じ、実弾ですか!?」


 トモカが狼狽える。

 

 当然の反応だった。

 銃には電磁波を飛ばす通常モードと実弾モードがある。

 実弾モードを使うのは対人間……つまり人を殺傷する時だけだ。


「大丈夫だ。少なくともやつはではない。電磁波モードよりも衝撃がくるから気をつけろ」


「わ、分かりました!」


 映像に再び敵の姿が現れた。

 能面のような顔から、両目の位置に赤い丸が点灯する。

 まるで獲物を捉えた野獣のように眼窩が怪しい光を放ち、口と思われる場所から横に真っ直ぐ亀裂が入り、歯も舌もない真っ赤な穴から奇声が漏れた。


「ヒーッヒーーーーヒッーーーーーー!!!」


 悲鳴とも笑い声とも取れるおぞましい金切り声。思わず背筋がゾクっとする。

 両手の銃がゆっくりとこちらに向けられた。


 本間隊長は素早い動作で銃を実弾モードに切り替えると、隠れていた車両から飛び出した──。

 敵に位置がバレている上に、相手がどんな攻撃をしてくるか分からない。下手したら車両ごと吹っ飛ばされる可能性だってある。

 ここは守りに入るよりも、相手が油断している隙に畳み掛けるのが定石であり最善策。私だってきっとそうしたはずだ。


 ドンドンドン──と、本間隊長のアサルトライフルが火を吹いた。

 先ほどとは比べ物にならない、重みのある音が作戦室に響き渡る。

 弾は全て敵に命中するも、硬い壁に弾かれたように火花を散らした。


「防がれただと──!?」


 本間隊長の声がしたと同時に、マシンガンのような銃声が鳴り響いて、映像が横に一回転する──敵の射撃を本間隊長が間一髪で避けたようだ。

 映像は敵を捉えながらも激しく揺れ動き、アサルトライフルが絶え間なく連射される。


「──名倉! 今だ!!」


 ドン! という大きな音と共に敵の顔が大きく反り返った。

 トモカのヘッドショットが決まったのだ。

 トモカは鈍臭いくせに狙撃の腕だけは同期の中でも随一を誇っていた。

 

「やったか……?」


 画面に映る本間隊長のライフルが短く上下する。

 あれだけ激しく動いたのだ、呼吸が乱れていてもおかしくはない。敵は直立したまま首を大きく後ろに傾けている。


 それは突然だった──。


 二、三秒後、ドドドドとマシンガンの音が聞こえ、映像が左右上下に乱れた。


 ドサっと身体が地面転がる音──。


 画面には見上げるようにして敵の姿が映し出される。

 こめかみに銃弾による凹みが確認できるが、赤い両目は未だ鈍い光を放っている。


「隊長──!!」


 後ろでトモカの叫び声がした。


 そして鳴り響く銃静音。


 それらは全て敵のボディに弾かれる。


「く、来るな名倉……逃げろ……」


 本間隊長の消えるような声が作戦室に流れた。


 映像にトモカの姿が映し出される。


 敵の目前まで来ても尚、銃撃を止めない。


 悲鳴とも取れる叫び声……。


 カチカチと虚しく響く弾切れの音。


 トモカの腕がダランと下がりアサルトライフルが鈍い音を立てて地面に落ちた。


 トモカが顔をカメラの方に向けた。


 涙で頬を濡らし、ゆっくり微笑むと、口をパクパクと動かした──。



 次の瞬間、敵の銃が火を吹いた──。


 トモカの小柄な身体が激しくブルブルと震えてその場に崩れ落ちる。


「ト……モカ…」


 敵の銃口がスクリーンいっぱいに映し出され、マシンガンの音と共にプツンと途切れた。


 作戦室の明かりが点き、スクリーンがオフになる。


 私はショックと怒りで震える身体を両手でぐっと押さえ込んだ。

 最後にトモカが放ったマシンガンの音が、ずっと耳から離れなかった。

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