Field 3

「ユイ──大丈夫……?」


 シャワーを浴びて休眠室に戻ってくると、斎藤スズが心配そうな表情で立っていた。その様子からして、トモカのことは既に知らされているようだ。


「あ、うん……心配ないよ」


 私は喋る気力もなく、早々に自分のベッドへと向かう。


「あの……トモカさんのことはその……残念だわ」


 私はスズの言葉に苛立ちを覚えた。


(残念ってなんだ? トモカの死をそんな簡単な言葉で片付けるな──)


「悪いけどスズ……今はひとりにして」


「あ、うん……ごめんなさい」


 スズは気まずそうに謝ると休眠室から出ていった。他に部屋にいた何人かは、何事かとこちらをチラチラ見ている。


 彼女は悪くない。それはよくわかっていたが、今の私に他人のことを考える余裕はなかった。


 そのままベッドに身を投げ出して、枕に顔を埋めた。目を閉じるとトモカの最後の光景が鮮明に浮かんでくる。

 炎に焼かれて灰となった彼女。最後は何を思って死んだのだろう。

 苦しかったのだろうか、辛かったのだろうか、寂しかったのだろうか……あいつのことだ。きっと怖くて寂しかったに違いない。


(助けてあげられなくてごめん。側にいてあげられなくてごめんね……)


 あれからずっと目を閉じていたものの、トモカのことが頭から離れず、私は寝れずにいた。

 ふと目を開けると、消灯時間はとうに過ぎ、暗い部屋の中で非常灯だけがオレンジ色にぼんやりと光を放っている。耳を澄ますまでもなく、静まり返った部屋からは穏やかな寝息が聞こえてくる。


 ベッドの隣に置かれたサイドテーブルの引き出しからタブレットを取り出した。電源をつけると日の丸を背に翼を広げた鳳凰が描かれた日本解放のマークが表示され、ホーム画面へと切り替わる。

 軍から支給されたそれは主に司令部からのメール、基地のマップ、当面のスケジュールやその他軍事情報が入っている。


 私は封筒マークのアイコンをタップしてメールソフトを立ち上げた。そのまま下にスライドし、メールの一覧から、『機密通達』と赤文字で書かれたメールを開く──。

 軍特有の硬い文体で、このメールがいかに重要かが記載されている。それをスルーして添付されたファイルをタップ。パスワードを求める画面が表示され、個人用のパスワードを入力すると、ファイルが展開された。


────────────────────

『タイムリンク作戦の概要について』


① 作戦へのアサイン資格:

① -1. 現時点で20歳未満の健康な兵士

② 性別不問

③ 射撃適正試験でA判定以上の成績上位者

④ 仮想空間ユニット・イドラとの交戦経験者

⑤ ツーマンセルでの実戦経験者


作戦の制約:

① 重大なタイムパラドックスを回避するため、過去の存在に対して、現代の知識、及びあらゆる出来事、現象に関して他言無用とする

② ①の理由から、ターゲット以外の殺害、過度な干渉を堅く禁じる

③ 任務完遂において極めて重大な局面かつ、必要と判断される場合、その他全ての制約を自己判断のうえ放棄することを認める


タイムリンクの対象:

① タイムリンクは志願者の精神を過去の人物に転送するものである

② タイムパラドックス回避のため、転送対象は歴史上影響の無い過去の人物とする

③ 技術的な観点から、転送対象は志願者と同年齢、同性別とする


作戦の注意事項:

① タイムリンクの期限は原則三年間と定める。三年の期限を過ぎた時点で志願兵は状況に応じて現代に帰還転送するものとする

② ①の時点で任務継続の必要性が問われる場合において、志願兵は更に一年間の帰還延長が設けられる。また、如何なる場合でも四年間以上の任務継続は不可能とする

② 転送対象が生命に関わる負傷を負った場合、又は脳が重大な被害を受けた場合、タイムリンクは強制的に解除される

③ ②の現象が生じた場合、志願兵の生命的な保証は無いものとする

④ タイムリンク時に起こりゆる障害、事故に関して日本解放軍は一切の責任を負わないこととする。

────────────────────


 項目をスライドしていくと、最後に『アサインしますか? はい/いいえ』のアイコンが浮かび上がる──。

 アイコンを無視してタブレットをOFFにした。


 何度読んで胡散臭さしかない。

 精神を過去の人間に飛ばす? 本部は本気でそんなことを考えているのだろうか。

 それに自己責任が問われる項目があまりにも多過ぎる。タイムリンクの期間も怪しいものだ。

 なにより、過去に飛んで果たして帰って来られるのだろうか?

 お約束ごとのように任務期間が設けられているが、そもそも精神を飛ばす対象相手が死んだら、私の精神はどうなってしまうのだろう。強制的に解除と書かれているが、廃人にならないという保証はどこにもない。とにかく色々と不確定材料が多すぎる。

 私たちのような隊長クラスでもない一般兵には重過ぎる内容だ。


 私は深いため息を吐き出すと、再び目を閉じた──。



 どれくらい時間が経っただろう。ピーピーピーっとサイドテーブルに置かれた目覚まし時計が耳障りな音を立てた。

 起床を知らせるアラームにイラつきながら、私は気怠さの残る身体を無理矢理起こした。

 周りでも同じような機械音が鳴り、モゾモゾと寝具がが擦れる音がしている。

 ハンガーに掛けてあった昨日の戦闘服をベッドに置くと、代わりに軍服に着替える。戦闘服はクリーニング係が回収してくれるだろう。


 誰とも顔を合わせたくなかったので、私は足早に休眠室を出てシャワールームで顔を洗う。


(ひどい顔……)


 鏡に映る自分の顔はまるで死人のように青白く、目元には浅黒い隈ができていた。

 死にたくなる気持ちを抑えつつ、その足で食堂へと向かう。朝食など取りたい気分では無かったが、打ちひしがれてベッドにいるのはもっと嫌だった。


 食堂では早起き組が既に朝食を取っていた。各々離れた席で静かに食事をしている。

 私はセルフサービスのカウンターからトレーを手に取り、数種類あるレトルト容器の中から無造作にひとつ選ぶ。容器をレンジで温めている間に、マグカップに紅茶を注いだ。

 誰もいない奥の方の席に座ると、ただじっとカップから立つ湯気を眺めていた。


「ひどい顔だな──」


 聴き慣れた声にハッとして、思わず顔を上げる。目の前には望月隊長が立っていた。

 そんな彼のほうこそ、食堂の蛍光灯による青白い光のせいか幽霊のような顔色である。彼は生まれつき全身の色素が薄いらしく、肌が蝋燭のように白い。目や髪も黒ではなく、色素が抜けて銀色に近い色をしていた。

 隊長はその髪色のせいで老けて見えると気にしているが、私は神秘的な感じがして好きでだった。もちろん、そんなこと隊長に言ったことはない。


「ええ、まあ……色々あったので」


「だな……ここ、いいか?」


 隊長が目の前の席を指差した。ひとりになりたい気分だったほで他の人だったらきっと断っていたに違いない。ただ、隊長は別だ。私は軽く頷き返した。

 隊長は席に着くと、そのまま無言で朝食を取り始めた。


「食べないのか?」


 隊長はこちらを見ずに、レトルトのオムレツにナイフを入れている。


「食欲がなくて」


 私は蓋も取ってない容器を見つめる。どうせ食べても味などしないだろう。


「そうか……」


 隊長はそのまま無言で食事を終えると、胸ポケットから懐中時計を取り出し銀色の蓋を開けて時間を確認している。

 それは所々傷だらけで、なにかの衝撃によるものなのか、中央に大きなヘコミもある。

 私がそれを懐中時計だと知ったのはつい最近のことだった。今日みたいに隊長がおもむろに取り出したそれを見て、それが何なのか聞いてみたのだ。


「これは懐中時計と言って、昔の時計だ」


 隊長曰く、それは彼の母方の祖父のものらしく、もし孫が生まれたら必ず渡して持たせるようにと言われた時計らしい。

 理由は隊長にも分からないと言っていた。ただ、隊長自身はその懐中時計を形見として大事にしていて、作戦中でない時は常にその時計で時間を確認している。

 当初は壊れていて動かなかったらしいが、技術班に無理を言ってなんとか直してもらったらしい。それでも当時の部品はこの時代にはもう存在しておらず、大半は代替えとのことだった。


 突然、ブルブルと左手首に振動が走った──。

 私は腕にしたアームデバイスを確認する。こちらは形見などではなく、軍から支給されているものだ。

『緊急招集──本通知を受けた隊員は0800にB1作戦室に集合せよ』

 画面に流れるメッセージを確認して顔を上げると、隊長も少し遅れてデバイスから視線を外した。


「どうやらお呼び出しのようだな」


 隊長がコーヒーを片手に苦笑いを浮かべる。


「今日ぐらいは自室に篭りたい気分なんですけどね」


「それが許されるほど、うちは甘くないさ。それにお前に自室はないだろ」


「隊長のお部屋をお借りしようかと思っていました」


 隊長は呆れた顔でコーヒーを飲み干すと、勢いよく立ち上がった。


「バカ言ってないで行くぞ」


「はい!」


 まだ、本調子にはほど遠い。けれど、隊長の言う通り、感傷に浸っている時間が許されるほど現状は甘くはないようだ。

 私たちは足早に食堂を後にした。

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