第8話「怪物」


 そして私はついに3月の下旬──一人暮らしを始めたのだった。


 彼女は喜んでご飯に連れて行ってくれたり、泊まりに来てくれたりもした。何かあったらいつでも行くからね、とも。


 勿論色々思うところはあれ──私が彼女を好きになったのは、ただ一目惚れをしたからじゃない。穏やかそうな雰囲気の中に隠れた信念、努めてみんなの前ではご機嫌でいようとするところ、私が撮るゲームの風景写真、創り出す文章に真摯に向き合って褒めてくれるところ。私は私の理想のためにゲームの中では高潔で優しく頼り甲斐のある人を演じているのだが、それにヒビが入った時は自分が砦になってくれると言ったところ、私が気づかない内に抱えていた荷物を、一緒に持とうとしてくれたところ……。


 詰まる所──そう、私達はお互いの感性と互いが生み出す世界観に惚れたのだ。


 きっと誰にもわかるまい。私が被害者だと思われることが多く、彼女を責める声の方が恐らく多いのだろうとは思うが、私は──好きだからこそ、彼女が選んだ道を応援したいと思うのだ。そして、彼女も同じことを思ってくれている。


 そうして2ヶ月、職場であくせく働いた。ゲームなんてやってる余裕がないくらいに。それでもやりたい仕事がやれて、楽しかった。


 ──そして、彼女が体調を崩して私の家に転がり込んだ後、そのままここで暮らすようになってしまったのだ。しかも私の家まで荷物を運んでくるのは旦那さん! ここまで来ると笑えるな。彼女のためにそこまでできるなら、彼女を自由にしてやってはくれないものか、と思うのだけれども、きっとそうすると彼女は家族がいなくなったと酷く落ち込むのだろう……。


 望んだ時はあれほど断られた同棲生活に、嬉しさよりも混乱が勝っていく。なんで……? いや嬉しいけども、ここ一人暮らしの家だし、狭いし……。そもそもちゃんと話し合って暮らし始めた訳じゃないし、困惑が凄い。……それでも彼女が近くにいるのは、言い表しようがないくらいに幸せだった。


 旦那と触れる心配がないんだもの。そりゃ嬉しいさ! ──そう、でも。ある夜、私に背を向けながら旦那と私について話しているのを見てしまったのだ。旦那が放った言葉は、


『それってさあ、大事にされてんの?』


 ……うるさい。うるさいうるさいうるさい。貴方だけは言うな! 貴方との連絡通知が来た瞬間に私のテンションが下がるくらい許してよ。喜べるわけないじゃない。


 ──ああ、きもちわるい、自分が何かの怪物に変わっていくような感覚が。

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