025 エピローグ
翌日、事業の正式な売却契約が済んだ。
国が仲介しているので、仮にトムが転売しても契約は続く。
しかし――。
「せっかくシャロンが売ってくれたんだ。転売せずにサトウジュースの王になってやるぜ!」
トムは自分で商売を続けると宣言した。
そうなると、「じゃ、またねー」とはならない。
トムにサトウキビジュースの製造などを教える必要があった。
そんなわけで、売却後もしばらくはトムに協力した。
彼に雇われているという形で、人手が確保できるまで手伝う。
お客さんに事情を説明することもできてちょうどよかった。
◇
事業の売却から1ヶ月が経った。
「私たちが手伝うのは今日で最後ね。トムさん、あとは頑張って!」
「おうよ! お前ら! あとは頑張れよ!」
「「「了解です、ビッグ・トム!」」」
トムのサトウキビジュース屋は完全に安定していた。
今では怒濤の拡大策で商人志望の若者を20人も雇っている。
その人らに任せて、トム自身は別の商売に挑戦するようだ。
「事業の柱はたくさんあればあるほどいいからな! 一つの事業に依存しないことも商人には必要なのさ!」
というのがトムの理論だ。
実際、貴族と呼ばれる連中は複数の事業を展開している。
一つのことだけでのし上がった者はいない。
「シャロンたちはこれからどうするんだ?」
私とトム、それにクリストとイアンの四人で町を歩く。
「今後のことは休みながら考えるかな。トムさんは?」
「もちろん新事業の確立を急ぐぜ! “俺の”サトウキビジュース屋が巨万の富を生んでいる間にガンガン投資するんだ!」
クリストとイアンが「おー!」と感心する。
「私も何か考えないとなー、新事業」
今はプー太郎だが、それでもお金は稼いでいる。
サトウキビジュース屋の売り上げの10%だ。
額にすると今月は1000万程度になる。
順調に拡大しているようなので、来月は2000万ほど入りそうだ。
「今度は貴族よりもいい条件で買い取ってやるよ!」
「あはは。トムさんの新事業はそれでいいんじゃない?」
「それって?」
「転売よ、転売。今でこそサトウキビジュース屋を営んでいるけど、もともとは転売専門の商人だったでしょ?」
「それもそうだな。よし、転売王になるか!」
「ならさっそく商談を持ちかけようかなー!」
「お、なんだなんだ? もう新しい事業を閃いたのか!?」
「新しいっていうか、前にやっていた川魚の串焼き屋さんだけどね。あの一帯も安全に作業ができるようにしようかなって。契約の関係でサトウキビジュース屋と同じ腕章は使えないから、匂いを変えることになるけどね」
町民からは今でも川魚の串焼きが食べたいと言われる。
その声に応えたいという気持ちがあった。
「おー! いいじゃないか! なら上手くいったあかつきには俺に事業を売ってくれ! サトウキビジュース屋に続いて川魚の串焼き屋も引き継いだとなれば箔が付く!」
「転売王になるんじゃなかったの!?」
「儲かりゃなんでもいいんだよ! 金を稼いでイイ女を買う! それが男ってもんよ!」
「もういっそのこと娼館を経営しちゃいなさいよ。そうすりゃ女を買わずに済むよ」
「おいおい天才かよ!」
娼館が大好きなイアンも「それ最高!」と叫ぶ。
トムと違い、彼は本当に娼館の営業を始めそうだ。
それだけのお金は持っている。
「話は戻って川魚の串焼き屋だけど、譲るなら売り上げの30%はもらうよー! 今度は恩返しじゃないんだから!」
「30は吹っ掛けすぎだろ! 15にしろ!」
「いいえ、30よ! これが妥当な額!」
「20だ!」
「30!」
「25!」
「35にしよっと!」
「やめろ! クソッ! 俺の負けだ! 30でいい! 売り上げの30%な!」
「いえーい! 私の勝ち!」
「やれやれ、シャロンの交渉術は強引だから困るぜ」
「あはは。じゃ、川魚の串焼き屋を売りたくなったらトムさんに言うね」
「おうよ。すまんが俺は店に戻るよ。抜き打ちでちゃんと働いているか見てくる。従業員をビシバシしごくのも商人のつとめだからな!」
「おーこわ」
「よかった、俺たちのボスはシャロンで。トムだったら続いていなかったぜ」
「同感だぜ兄者ァ!」
「そんなわけでまたなシャロン! クリストとイアンも!」
「またねー!」
トムは軽快な足取りで去っていった。
彼の後ろ姿が消えてから、「さて……」と立ち止まる。
「今日は休むとして、明日からどうする?」
「川魚の串焼き屋をするんじゃないのか?」
首を傾げるクリスト。
「するけど、明日すぐに始める必要はないでしょ。新しい商売を始めたらまとまった休みが取れなくなるし、今はひとまず休暇を楽しみたいじゃん?」
「そういうことだったら俺は別の町に行くぜ!」とイアン。
「かまわないけど、クリストの口座にお金を移しておいてね。ギャンブルでスられたら困るから」
「信用ないなー! 大丈夫だって! なぁ兄者!」
「いや、お前のギャンブル癖は信用ならん」
「兄者ァ!」
「そんなわけだから、口座には1000万しか残さないように。分かった?」
二人が「えっ」と驚く。
「1000万!? そんなにも使っていいのか!?」
「いいわよ。だってあなたのお金だもの。ここまで儲けて最低賃金で雇い続けるなんて酷い話でしょ。だから二人にはボーナスで1000万ずつあげる」
もちろん私の取り分も1000万だ。
残りは商売や諸々で使うためにとっておく。
「1000万も……! ありがとうなシャロン!」
「すげぇ大金だ! 自分のお金なら遠慮なくギャンブルに突っ込める!」
イアンが「ヒャッホゥ!」と走り去っていく。
あの様子だと数日後には無一文になっているだろう。
私は「困った男ね」と呆れ笑いを浮かべた。
それからクリストに尋ねる。
「あなたはどうする予定なの?」
「串焼き屋を始めるまでどのくらい休むかによるな」
「好きなだけ休んでいいわよ。全員が満足するまで遊び倒してから始める予定だから」
「そういうことだったら、俺はシャロンと一緒に旅行でもしたいな。この国だけじゃなくて、他の国とかも行ってみたい」
「私と一緒に?」
「シャロンがトムに恩返しをしたように、俺もシャロンに恩返しがしたいんだ。俺たち兄弟にここまでよくしてくれた恩返しをさ」
「そういえば、最初は私のことを犯そうとしていたんだったっけ」
性奴隷にしてやるとかなんとか言われた記憶がある。
その後、身の程を弁えない二人をコテンパンにやっつけてやった。
今にして思えばこの上なく酷い出会い方だ。
「それなのによくしてくれたから感謝しているんだ」
「感謝される覚えはないけどね。私もあなたたちに助けてもらっているし。たしかに出会い方は最悪だったけど」
笑いながら言う。
「それで、どうかな? 俺と一緒に、旅行……」
クリストは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
その様子を見て察する。
どうやら彼は私に気があるようだ。
「ちゃんとエスコートしてくれるならいいよ。これでも女だから、普段は男の人にリードしてもらいたいんだよね」
クリストは「おお!」と声を上げた。
「任せろ、俺は24歳だぞ。最高のエスコートをしてやる!」
「頼もしいわね」
通りすがりの老夫婦が「お熱いねぇ」と茶化してくる。
私たちは適当に笑って流した。
「じゃ、さっそくどこに旅行するか決めてもらおうかな。24歳さんに」
「えーっと、それは……ハッ、そうだ! レミントン王国にしよう!」
「私は国外追放された身なんだから入国できないわよ!」
「そうだった!」
「別に他の国じゃなくてルーベンスの国内でもいいわよ。旅行に備えて可愛い服を買っておくから、明日までに決めておいてね」
「おう!」
「あと念のために言っておくけど、くれぐれも恋愛に発展するだなんて思わないこと!」
「なっ……!」
「私は自分より強い男にしか興味ないからね」
「そんなの無理だぁああああああ!」
崩落するクリスト。
「ふふ、じゃ、また明日ねー」
そんな彼に背を向けて、私は近くの服屋に向かう。
「まさか私がデート用の服を買おうとする日が来るなんてね」
この町に来てからの生活を思い出す。
何もかもが順調だったわけではなく、それなりに失敗もした。
だが、トムの助言やクリストたちの協力でここまでこられた。
今では「成金」と呼ばれる程度のお金持ちに成り上がっている。
全国紙で「今もっとも貴族に近い商人」と評される程になった。
このままいけば貴族の末席に加わる日も夢ではない。
これからも稼ぎまくってのし上がってやる。
――が、それだけではいけない。
楽しく過ごすことも大事だ。
その点も問題ない。
私には素敵な仲間たちがいる。
クリスト、イアン、そして、トム。
たくさん働いて、たくさん笑って……。
間違いなく、今までの人生で今が最も輝いている。
こんな日々が今後も続くのだろう。
無一文から始まった成り上がり生活は終わらない。
「これからの日々が楽しみで仕方ないわね」
雲一つ無い完璧な青空に向かって微笑んだ。
強すぎ令嬢、無一文からの成り上がり ~ 婚約破棄から始まる楽しい生活 ~ 絢乃 @ayanovel
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