第8話 運動神経
着替えが終わり、体育館に向かった。
こうして体育をするのは高校生になって初めてだ。
その最初の授業が体力測定。
その辺の学校なら2,3時間普通の授業をしてからはかることが多いが、どうやらこの学校は最初にやるらしい。
1年に1回しかなく、男子たちは誰が一番になるか競いあうため本気でやる人ばかりだ。
俺は面倒だと思いつつ、廊下を歩いていると正平を見つける。
陽キャたちに囲まれて話していたが、俺を見つけると、わざわざ寄ってきてくれる。
「おう、やっと正義も来たか。あとギリギリでチャイムが鳴る所だったから間に合ってよかったな!」
「お前は着替えるの速すぎなんだよ……」
「まあ、部活とかで慣れてるからな。たしか正義は入ってないんだっけ。部活」
「ああ、……まあそうだな」
璃々との部活はさっき言われた通り誰にも言わないでおく。
正平なら他人に言わないだろうが、最悪漏れた時に璃々からなにされるかわからない。
注意は払っておこう。
「おいおいそんなのもったいねぇよ! 部活ってめちゃくちゃ楽しいんだぜ。俺と同じサッカー部に入ろう!」
「……サッカー部なんて絶対に嫌だ」
サッカー部。
それは俺にとって最も苦手とする部活だ。
あんな陽キャしかいない部活に入りたいとは思わない。
「そこをなんとかしてさ。……入ろうぜ」
「無理だ。絶対俺には向いてない。それだけ自信をもって言える!」
「はぁ……そうか。正義を部活に誘うのはまだ難しいんだな……」
「どうしても俺を入れさせる気なのかよ!?」
「当ったり前よ!」
親指を立てて来る。
なにを言っても意味がなさそうだ。
こいつはいい奴過ぎる。
俺はため息をついてから違う話に変えることにする。
「ていうか、サッカーなんてやってたんだな」
「まあ、小学生のころからやってるからな。中学の時もサッカー部だし。好きなんだよ。ずっとやってやれる」
「へぇ…………」
自信満々にそういうのに感心する。
本当にサッカーが好きなのが伝わってきた。
「ってこんなことしてる場合じゃない。もう始まるって! 行くぞ」
走って体育館に入った。
みんな集合していて、俺たちもその中に入っていく。
そこからは早かった。
まずは長座体前屈から始まっていき、50m走や握力測定などをしていく。
その間、ずっと正平と雑談をしていた。
正平は名前が近いおかげでずっと一緒に話せていた。
あっという間に終わっていき、残る種目はたった一つになっていた。
「ふぅ……これで後は反復横跳びだけか。結構早く終わりそうだ」
正平が汗をふきながらいう。
いつの間にかそれくらいになっていた。
ただ測るだけなので本当に気が楽だ。
「そうだな。ボール投げとか持久走も終わったし、残るのはこれだけ。楽でいい」
「持久走の時なんか寝そうになってただろ。見てたんだぞ」
「バレてたか……」
「あんな首を傾けながら走ってたらわかる」
眠すぎて一瞬寝ては起きて、一瞬寝ては起きてを繰り返していたのを見られていたらしい。
途中他の人とぶつかりそうになったりして危うかった。
ギリギリのところで耐えれて心の底からよかったと思う。
「まあ、その辺はどうでもいいけど。それより気になることがあるんだよ」
「なんだ、気になることって」
「…………正義って運動神経いいのか? 昔にスポーツをやってたとか……そういうのあるんじゃないか?」
「…………え!?」
思いもよらないことを言われて、驚く。
そんな素振り見せた気はないのに。
「なんでそう思ったんだ?」
「動きがなんか他の奴らとは違うように見えるんだよな。俺とか他の奴は本気で必死にやってるけどお前はなんだか手を抜いてる感じがするんだよ。しかも割といい感じの成績だし。まあ、ほとんど俺の直観だけどな」
やはり人の直観とは凄いものらしい。
侮れない。
「……当たりだ。たしかにスポーツはしていた」
「やっぱりやってたのか! なんのスポーツだ? 野球? それともテニスか?」
「いや、バスケ。中学に辞めたから今更やっても多分ついて行けないけどな」
「バスケか…………ていうか、なんで辞めちゃったんだよ」
「…………特に理由なんてない。やめたかったからやめただけだ」
「もうしてないのか……もったいないな」
「別にいいだろ。俺の勝手だし」
「それはそうだけどよ……」
俺は正平から別の方を向く。
すると偶然、璃々のことが視界に入った。
反復横跳びをしているようだ。しかし、他の人よりも異常に遅い。
止まっているんじゃないかと思うほどゆっくりだった。
それを見ていると、
「痛……! 最悪……転んじゃった……」
璃々は自分の足に引っかかって、転んでしまう。
そして起き上がることもなく、制限時間が終わった。
近くにいた女子がいう。
「もう、なにやってんのよ天寺さん。もったいないでしょ」
「えへへ……やっちゃった」
「「か、可愛い……!」」
いつもとは違う璃々だった。
言い方もそうだが、優秀というよりドジっ子のように見える。
周りはそんな璃々に見とれているようだった。
隣にいる正平も含めて。
「おお天寺さんか……あれだけ可愛いのに、運動できないってのがまたギャップ萌えだよなあ……」
「なにがギャップだ。普通だろ、普通。女子ってそういうもんだろ」
「いや、天寺さんは優秀だからこそのこれなんだよ。だから最高なんだ!」
「いきなり熱く語るな」
「全く。この良さがわからないなんて……お前もまだまだだな。俺の2段階ぐらい下だぜ」
「それは普通に気持ち悪いぞ」
「誉め言葉として受け取って置こう!」
「そのポジティブ精神は素直に称賛するよ……」
俺はゆっくりとため息をついてから小さな声で言った。
「それにしても昔から……運動音痴なのは変わらないな」
「え、なんだって?」
「…………なんでもない」
その光景を見て、一瞬昔のことを思いだした。
まだ璃々が優しくて穏やかだったころ。
あの頃も運動が苦手だった。
いいや、運動だけじゃない。勉強も優秀さなんてさらさらなかった。
多分、俺の方ができていたと思う。
それが今の璃々になった。
昔の俺だったなら想像ができないだろう。
「おい、俺たちの番だぞ」
女子は全員が終わったようだ。
次は男子の番。俺たちは名前が前なのですぐに始まる。
「わかってる。行くぞ」
「頑張るぞ!」
「熱いな…………」
やる気満々の正平に連れられて俺もそっちへ行く。
そうしているうちに体力測定は終了した。
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