第3話 新しい日常

「うわ…………キツイ…………」


 急に俺の座っているベンチに割り込んで座ってくる。

 俺がいるこの場所は学校も森の近くにあるベンチだ。


 多分、元々なにかしらの建造物があった場所なのだろう。

 この近くにはまだ多くのベンチが残っている。

 そのうちの1つに座っていたのだが、もちろん昔に作られたので2人も一気に座れるほど大きくはない。

 弁当もベンチに広げられない。狭い。


「しょうがないじゃない。ほんと、なんでこんな変なところで食べてるのよ……」


「嫌ならここから降りてくれ。正直ここまで狭くなるとは思わなかった」


「あんた……私の体が大きいって意味で言ってるの?」


 ギロリと睨まれる。

 物凄い目力だ。俺は一瞬たじろいでしまった。


「いや…………そういう意味でいったわけじゃない」


「ならいいじゃない。これで解決ね」


「解決したわけじゃないと思うけどな…………」


 俺の言葉を無視して璃々は自分の弁当を出す。

 食堂で彼女も空気を読んで食べていなかったのだろう。

 

「いただきます…………んん、おいしい。お腹減ってたから格別の味がするわ!」


 美味しそうに自分の弁当を平らげ始まる。

 幸せそうな笑顔だった。

 久々にそんな表情を見たものだから、少しだけかたまってしまう。

 その笑顔にくぎ付けになっていた。

 

 すると璃々は俺の視線に気づいたのか、


「……ん、なによ私の顔をじろじろ見て。なにかついてるの? ご飯粒とか」


「……そんなのはない。ただそんな顔もするんだなって思ってな」


「どういう意味よ…………理解できないわ」


「ならいい」


 俺も自分の弁当を食べる。

 そこまで美味しくはないが、自分でわざわざ作ったものだ。

 それを考慮すると悪くはない。


 だが、璃々のことが気になる。

 あの璃々があれだけ笑顔になる弁当なのだ。

 どういうものなのか気にならないはずがない。

 俺は自分の弁当と璃々の弁当を比べてみた。


「え…………」


 極端に違った。

 光り輝く弁当だった。 

 白米から違うのだ。時間が経ってふにゃふにゃになるはずなのに、美味しそうに見える。

 食べてみたいと思ったしまうほどだった。


「おい……その弁当自分で作ってるのか?」


「当たり前でしょ。それ以外になにがあるっていうのよ。親に任せっぱなしなんて子供みたいなことするわけないじゃない」


「マジか……よく作れるな」


「前に料理教室に通っていたのよ。だから普通にこれくらいの弁当なら簡単に作れるわ」


「…………」


 こんなもの高校生が作れるものなのだろうか。

 店に出してもいいくらいなんじゃないのか!?

 俺は頭のなかでそう思った。


「あんたのも自分で作ってるの?」


「まあ、一応な」


 今度は璃々が言ってくる。

 璃々のよりも酷い出来なので言いずらい。


「ふん、私ほどのレベルじゃないけど、あんたみたいなやつとってはまあまあ上出来な方じゃない」


「……褒めてるのか、けなしてるのかどっちなんだ」


「もちろん褒めてるに決まってるじゃない。私がこんな風にいうなんて珍しいわよ。多分、やっとご飯が食べれて機嫌がいいからね!」


「機嫌がいいって…………機嫌が悪かったらなに言われてたんだか」


「その辺はもういいでしょ。とにかく、褒めてるってことだから!」


「お、おう……」


 素直に喜んでいいものなのかわからない。

 とりあえず褒めてるらしいので喜んでおくことにしよう。

 まあ、どっちにしろあんまりなにも感じないんだが。


 俺はため息をついて、自分のご飯に戻る。 

 色々食べていくが、どれもさっきほどうまさを感じない。

 璃々のせいだ。

 勝手に俺の視線は璃々の弁当の方へ向いていた。


「それにしても…………うまそうだよな」


「そんなに欲しいの?」


「まあ、欲しいといえば欲しい」


「……もう、ほんとしょうがない奴ね。はい、これあげる」


 璃々は俺に目を合わせず、俺の目の前につまようじに刺さったウインナーを出してくる。

 それも切れ目があるタコさんウインナー。

 おいしそうだった。


「もらっても……いいのか?」


「1つくらいならいいわよ。あんたが食べたいっていうから仕方なく渡したんだからね。感謝してよ」


「マジか。じゃあ、ありがたく頂戴させてもらう」


 つまようじごと俺は貰った。

 そのまま口に運ぶ。


「こ、これは…………うまい!」


「……そう、それは良かったわね」


 脂っぽさが最高だった。

 このウインナーならいくら食べても食べたりないだろう。


「こんなご飯を作れるのか……俺の分も毎朝作って欲しいもんだな」


「そんなの無理に決まってるでしょ!?」


「冗談だ。無理なのは知ってる。それと、ありがとなウインナーくれて。美味しかった」


「ふん…………勘違いしないでよね。これは等価交換。私のをあげたんだからあんたものも貰うから!」


「ま、まあ、それは構わないが……なんで口調がツンデレ風なんだ……?」


「……そこは別に関係ないでしょ。じゃあ貰うわよ」


 そういって箸で俺の弁当の中身を食べて行った。

 白米を食べた。よりにもよって白米を食べた。


「え……おい、白米って……お前……」


「なによ……悪い? それが一番おいしそうかなって思ったから取ったんだけど……」


「そうじゃなくて、それじゃあ間接キスになるだろ」


「…………!?」


 璃々の顔がみるみる赤くなっていく。

 そして次の瞬間。


「馬鹿はあんたよ!」


 頬ビンタされた。

 痛みが顔に走る。


「り、理不尽だ…………」


「なにが理不尽よ。気づいたなら先に言いなさいよ」


「言うのより先にお前が食べたんだろ」


「私が白米を選ぶって予想をしてなかったあんたが悪いでしょ」


「や、やっぱり理不尽だ……」


 璃々はふんといいながらそっぽを向いた。

 俺はこの光景を見て、少しだけ昔を思い出す。


 小学生のころ。まだ俺たちが仲が良かったころ。

 こうして何回かだが、一緒にご飯を食べた気がする。

 楽しく笑いあい、遊んだ気がする。


 でも、そんな彼女はもういないのだ。

 いるのは冷酷で冷徹な璃々だ。

 きっと、前のような日常はこないだろう。


 だけど、それと同時に思う。

 それもいいのかもしれないと。


 新しい日常。約1年ぶりに動き出した2人の日常。

 それも悪くない。

 これがいまの俺たちなのだから。

  

「もう食べたし、私は戻る」


 いつの間にか璃々は食べ終わっていた。

 俺も残り少ないものをすぐに口に運ぶ。


「じゃあ、俺も行くか……」


「なにいってんの。ダメに決まってるでしょ。あんたはまだここにいなさい! 私と一緒に戻ってきたら変な勘違いされるかもしれないでしょ!」


「あーはいはい。わかったよ」


 璃々はそう言い残してさっそうと教室に戻って行った。

 俺はベンチに残りながら、風を楽しむ。

 涼しくて、気持ちのいい風。

 そうしてつぶやく。


「日常ね…………」


 こうして俺たちの日常は続いていく。


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