第1話 俺にだけ冷たい美少女

「はぁ…………幼馴染か……」


 授業中。俺は無意識にそうつぶやいていた。

 当然だが、隣に聞こえるくらいの音量では言っていない。

 本当に小声で、だ。


「ほんと…………なんなんだろうな。幼馴染って……」


 幼馴染。

 それは子供のころから同じ時を過ごした仲のこと。

 俺たち二人も例外なくそうだった。


 幼稚園、小学校、中学校、そして高校も同じ学校で、ずっと彼女の姿を見続けている。

 穏やかで、周りにも優しく接するまさに完璧な美少女。それは天寺璃々という人間だ。


 俺との仲も元々は良好だった。

 そもそも家が近所だったことから家族ぐるみで仲が良かったのだ。

 だから、たまに彼女の家に行ったり、俺の家に来たりすることなんて多々あった。

 

 しかし、中学2年の時、俺の両親の離婚が成立する。

 そこから関係はなくなり、全く話さなくなった。

 そして時は2年もの月日が流れて高校へと進学する。


「まさか…………いるなんて思わなかったよな……」


 俺は家が近いということでこの高校、翔明館東しょうめいかんひがし高校を選んだ。

 そして、偶然にも彼女の姿もそこにはあった。

 しかも同じクラス。

 まさかなと思いつつ、教室に入ってみれば奇跡的に隣の席。

 どんな確率だとは思うが、現実に起こっているのだからそう思うしかないのだろう。

 

 だが、問題があった。

 隣になったことだし挨拶くらいしておこうと思い、声をかけてみたことがあった。

 そこで気づいた。全くの別人になっていた。前とは違う。

 ――冷酷で冷徹な美少女に変わっていた。


 約1年もの間話していなかったのだ。

 人間変わり続けるというし、そう考えれば当然のことなのだろう。


 しかし、なぜか俺だけなのだ。

 他の人の前じゃ前の彼女なのに、俺にだけ冷たいのだ。


 今日もそう。

 前とは違う――彼女が話しかけてくる。


「……ねぇ、さっきからなに一人でぶつぶつ言ってんのよ。気持ち悪いんですけど」


 とげがある言い方。チクチクと俺の心を刺してくる。

 ぐっと気持ちをこらえながら言う。


「…………考えごとをしていたんだ。別にいいだろそれくらい」

 

「独り言なんて、私のいないところでやればいいじゃない。ちゃんと授業を受けてる私への妨害としか思えないわ」


「お前もさっきしてただろ」


「私はいいのよ……頭いいから」


「…………理不尽だ……」


 彼女の成績は中学時代から有名だ。

 全国模試はほぼ毎回1桁。

 1位を取ったことでさえ、あるらしい。

 なぜこんなただの高校にいるからわからないが、まさか俺のように適当な理由じゃないだろう。


「理不尽じゃないでしょ。あんたはたいして頭よくないんだからちゃんと先生の話を聞くべきなのよ」


「…………」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 こんなことを考えている暇があったら勉強するべきなのだ。

 成績は悪くて、この普通の高校に受かるのもギリギリだったし。


「ほら、ちゃんと授業を聞きなさいよ。いくら馬鹿でもそれくらいはできるでしょ」


「はいはい」


「なによ、せっかく言ってあげたのに……ほんと最低」


「いいや、お前はなにもわかってない。いいか、俺は別に勉強ができるようになりたいわけじゃない。適当な大学にいって、適当に会社に就職して、適当な人生をおうかしたいんだ」


「あんた…………人生舐め過ぎでしょ。そんな心意気じゃ適当な大学にも行けないってオチね。で、そのまま無職。生活保護でも貰って生きるんじゃない。あんたらしい人生ね」


「なんでそんなことをすぐに想像できるんだ…………」


「当たり前でしょ。あんたの人生なんかこんなもんだし」


「…………璃々だって、そうなるかもしれないだろ。人生なにがあるかわからないっていうし」


「いいや、私はそうならないわよ。頭もいいし、可愛いし。職には困ることはないでしょ」


「うぅ…………」


 格の違いを見せつけられる。

 俺と彼女、元々は同じところで育ったはずなのになにが彼女を変えたのだろう。


「…………あとさ、名前呼びは2人だけの時にしてよね」


「? なんでだよ」


「わからないの。あんたとの仲が知られたくないからよ。そんなことを知られたら最悪も最悪よ」


「そ、そうか…………」


「わかったら、勉強でもしていなさい」

 

 俺はそう言われ、黒板を見る。

 今は数学の時間だった。

 物凄い難しいそうな図形の問題を解いていた。

 俺は問題の意味すら分からない。


「ではこの問題を…………片岡君」


「げ…………」


 ちょうど俺が当てられた。

 わかるはずもない。どう答えるべきか。

 そんな時だった。


「…………教えてあげてもいいのよ」


「……!?」


 隣から悪魔のようなささやき声が聞こえて来る。

 ゆっくりとそっちを向けば、ニヤニヤとしている璃々がいた。

 これに応じればきっと答えはわかる。 

 でもなんだか、問題が答えられなかった以上に傷つけられそうで怖い。

 だから俺は、


「わかりません!」


「はぁ……元気よく答えることじゃない。じゃあ隣の天寺さん。頼めるか?」


「はい、大丈夫ですよ」


 不満そうな表情。

 せっかく教えてあげようと思ったのにとでも言いたそうだった。

 そのまま璃々は立ち上がって、


「――――です。あってますか?」


 普通そうに答えた。

 答えはもちろん正解。近くで歓声が巻き起こる。


「おお、素晴らしい。流石は天寺さんだ!」


「いやあ……そんなことないですよ。たまたまです」


 ゆっくりと璃々が座る。


「頭いいのに謙虚で凄いよね、天寺さん」


「ほんとだよね。可愛いし。私もあんな風になりたいなあ」


 なんて近くの女子がうわさするほどだった。

 それほど凄いのだろう。


「……猫かぶりすぎだろ」


「猫をかぶるのがなにがいけないのよ。こうすれば私の評判も良くなるし、周りからの人望もあつくなる。いいことずくめじゃない」


「じゃあ、それを俺に対してもして欲しいんですけどね……」


「無理ね。あんたにはできない」


「即刻すぎる…………」


 どうやらダメらしい。

 前のような優しい彼女を見ることは出来ないようだ。


「お前…………ほんと変わったよな」


「……ふん、あんたがそれを言うのね」


 皮肉そうにそう彼女はつぶやいた。

 俺はため息をついて、そのまま机に顔を落とす。

 次に目を覚ましたのはチャイムが鳴り響いた時だった。




 

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