4話(一時完結) 新星1ーC「枢木 結衣」
1月の末日、多加良は担任に頼まれて一人、登校している。
「久しく誰もいないってのもなんだかな」
慣れは怖いもので、彼のなかで千鶴と間宮の扱いもそれなりにわかってきた。そのおかげでストレスと愛情を上手に与えて二人の対立をギリギリに抑えられている。
ちなみに今朝、間宮が今日のことを知り、お弁当を作って渡しにきた。
高校に歩いて通える近さに住んでいるとはいえ、電車通学の彼の通学路とは反対方向にあるのにわざわざ持ってきたのだ。
「昨日、家に泊まっていけばよかったのに」
そんな言葉を添えて。
「嬉しいお誘いだけど、緊張して寝れなかったと思うよ」
有難く受け取って、そう返し、内心ではそんなことしたら恵莉からのMINEの通知が止まらないだろうなと苦笑を浮かべていた。
高校に着いてから食べようということで、多加良はそれをバッグに仕舞い、今は駅から高校へ向かっている。
道中の坂道、前方に見たことのない制服の女子を見つけた。
鞄を肩にかけ、手に持つなにかしらの用紙が入ったクリアファイルとスマホを何度も見ながらキョロキョロしている土地勘のなさから、恐らく受験生だろうと推理する。
同時に彼は今日、自分が呼ばれた理由も特に聞かずだったが、思い返せば出願日だったと気付いた。
そのタイミングで少女が多加良を見つけ、肩にかかるほどの黒髪を揺らしながら駆け寄っていく。
「あ、あの、すみません」
表情には若干の焦り。
今は13時頃。時間に余裕はあるものの、心が乱れてしまっているのは不安からくるものだろう。
「どうしたの?」
「お兄さん、六条学園の学生さんですか?」
「そうだよ」
受験生にしては低めの身長。
可愛らしい子だなと思いながら、なるべく声を和らげて対応する。
「もしかして、出願しに来たの?」
欲しい言葉を貰えた少女はパッと花開いたように表情が明るくなり、瞳に期待がこもる。
「そうなんです! でも、道が分からなくて……」
「あー、こっちはマンションと林に囲まれて学校が見えないもんね。人通りも少ないし。ちょうど僕も向かっていたところだから、連れて行くよ」
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
ピンチから救われた少女はホッとした様子で頭を下げた。
「全然気にしなくていいから。さあ、行こう」
「は、はい!」
彼の隣に並び、小さな歩幅でとことこと歩いていく。
「そ、そういえば、お兄さんのお名前をお聞きしてもいいですか?」
「多加良だよ。君は?」
「あっ、私は
「そんなことないよ。ていうか、もしかして人見知りだったりする?」
見るからに緊張している枢木を心配して聞く。
恥ずかしそうに彼女は頷きを返した。
「そこまで気にしすぎないようにね。無事合格して、なにか困ったことがあったら僕を頼ってくれてもいいし。まあ、枢木さんみたいに可愛らしい子だったら、皆話したくなって自然と友達もできるようになるだろうけど」
思わぬ褒め言葉に彼女は頬を赤くした。
「お、お兄さんでもそうしますか?」
「だろうね。だから、先にこうして話せているのはラッキーかな」
まるで下心の見えない澄んだ笑顔に熱くなり、顔を見られないよう俯きがちになりながら、それからも話しを続けていると高校にすぐに着いた。
二人はそのままなかに入っていき、出願はこちらと矢印の書かれた看板に従い向かう。
すると、先に多加良の知る人が椅子に座り、受付をしていた。
「先生、こんにちは」
「おお、来てくれたか多加良! と、その子は?」
「受験希望者の
「こ、こんにちは」
まるで親戚の家に来た子供のように、彼の後ろに隠れ、挨拶する枢木。
「従妹か?」
担任は見事に勘違いをしたみたいだ。
「全然、そういうのじゃないですよ。ただちょっと、人見知りなんですって。
ほらっ、ちゃんと出願書類を出さないと」
押し出されるように前に出てきたのを見て、本当に違うのかと担任の疑問は消えないが一旦それは置いて、それならと多加良を見る。
「14時から受付を代わってもらうつもりで呼んだからな。ちょうどいいし、多加良も書類の受け取りとかどの受験票を渡すとか、確認しておこう。その後は時間まで教室で適当に時間潰しておいてくれたらいいから」
「わかりました」
どういうわけか懐いている多加良に任せることでスムーズに事を済ませつつ、仕事内容を教えられる方法を即座に取った担任はさすがといったところ。
そうして、一連の流れを教わる過程で枢木から書類を受け取り、大事な受験票を渡すため手に取る。
「あっ」
「どうしたんです?」
なにかに気付いた様子の彼に、枢木は首を傾げた。
「いや、本当、枢木さんからしたらなんだって話だけど、この番号、僕のときと同じだなって」
「へぇ、凄いじゃないですか! 偶然今日会って連れてきてもらった縁もありますし。なにより、お兄さんがここに通っている学生さんだから、ご利益ありそう!」
「そうなってくれたら僕も嬉しいよ。枢木さんみたいな子が後輩なら大歓迎だ」
受験生にとって大事なこの時期、合格のために縋れるものにはなんでも縋りたい心境の彼女は多加良よりその奇跡を喜んでいる。
その姿を微笑ましく思いながら、彼は受験票を渡した。
「私も、お兄さんみたいな人が先輩だったらすぐ教室に遊びに行っちゃうかも、です」
「はは、それはちょっと……」
「で、ですよね。ご迷惑ですもんね」
「ううん、そういうわけじゃなくてね。まあ、いろいろあるから」
あの頃の疲れを思い返すだけで体力が削られた気になってしまう。
当然、そのことを知らない彼女ははてなを浮かべたが、すぐに切り替え、受験票を鞄に入れた。
「それじゃあ、今日はありがとうございました!」
「うん、気を付けて帰りなよ」
ひとまず済ませなければならないことをひとつ終え、安堵に包まれた枢木は晴れた気持ちで去っていき、校門に向かう。
うわぁ、凄い格好良いお姉さんだ。
途中、前方から歩いてくる間宮に一瞬目を奪われ、足を止めた。
間宮は制服からどこかの中学生だろうと察し、誰にでも振りまく笑みを見せて近くを通り過ぎていく。早く多加良に会うために。
会釈を返した枢木もまた歩き出す。
あの人の香り、お兄さんからもしてたなぁ。
今春に向け、目標を定めて。
ヤミに囲まれながら、僕は一筋の光を求める 木種 @Hs_willy
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