3話 一時の平穏すらもなくして。
千鶴と間宮、互いに武器とするものは異なるが、もうすぐ多加良を奪い合って1年が経とうとしている。
「ねぇ、今日、どこに行ってたの? いつもの帰り道より5分遅かったよね」
「い、いや、コンビニに……てか、また家にいるの? なんで?」
「幼馴染だからだよ」
全く以て理由にはなっていないが、それを咎める気にもならない。というより、その行為に意味がないことを彼は分からされた。
可愛らしいフリルとリボンが付いているピンクのエプロンを着た千鶴の姿も、もう見慣れたもの。
「お義母さんは今日もお仕事遅くなるって」
もはや彼より先に彼の家族の内部事情を把握するようにまでなっている。中学までは完璧に周囲を排除していたからこそ、ここまでの悪化は見られなかった。
間宮の存在が、千鶴の執着心に火をつけたのだ。
ある日の放課後。
「恵莉ちゃんさ、さすがにしつこいよ?」
「間宮さんが早くどこかに行ってくれたらそれで済む話なんだけど」
今日も隣を分け合うことなどせず、独り占めのためぶつかり合う二人。
「私がいるとかいないとかじゃなくてさ、
「は?
「どうだか。教室でいつも話していると、恵莉ちゃんへの愚痴が……ね」
間宮の視線が彼に向けられる。
それを追うように千鶴も否定を求めて彼を見つめる。
「はぁ……」
しかし、互いが求めたものとは違い、深く吐き出された溜め息。
「あのさ、どっちもやりすぎだよ」
全く以て同意だ。
彼に休息の地なんてものはもはやない。
せめてもの救いであった休み時間。
彼らの通う高校では休み時間の他教室への入室を禁止しているから千鶴は当然入ることができない。これはスマホやメイク等、多少の私物の持ち込みを許可しているがために、物が盗まれた際、犯人捜しを楽にするための措置だ。
だから、休憩時間に千鶴が彼と話したいなら教室の外に出てきてもらわなければならない。しかし――
「だって、間宮さんはずっと教室で話してばっかで、私の時間がなさすぎる」
――そう、間宮が多加良を逃がさないのだ。トイレに行くときでさえ、私も行くと言って男女で別れるところまでついてくる。
なにより、外から覗いた時に身体を触っているのが気に食わない。
「私だって、もっと将くんと話したいし、肩が触れ合うくらい近くで一緒の動画を見たいし、存在をもっと傍に感じたいの!」
本音を言えば、間宮の存在を消せればいい。
でも、このクラスの女子は間宮に支配されている。初期値の高い好感度を駆使して信頼を得たうえで、千鶴がこうしてやってくるたびに文句を言われているのが可哀想だという目が増えていく。
なにより間宮はプランを練って動き心に余裕を持つことで、多加良に過度な圧力をかけない。
先のやりすぎという言葉も、間宮に対しては、言いすぎだという程度のお叱りに過ぎない。
「MINEの返信は遅いし、短いし……私のこと、嫌いになった?」
瞳を潤ませ、聞きたくない言葉を問う。
もしここで肯定されれば、千鶴はもう耐えられない。不公平に苛立ち、暴力に走る可能性もある。
「そんなことはないから」
しかし、その地雷を踏み抜かないのが多加良という男。
「ただね、毎日こうやってここで話してても好転しないのはわかるでしょ?」
「…………うん」
それでも将くんの全てを手に入れたい!
そんな想いが口から出かけるのを必死に抑え、小さく呟くように言葉を返した。
もし、ここで理性を失ったらその先に未来がないことくらいは千鶴も分かっている。
多加良の時間、身体、香り、その他多数。それらを手に入れるために、なによりの邪魔者である間宮と争ってきた。
結果は劣勢。一発逆転の大チャンスは転がらなかったが、今ならイーブンに持っていける。
「恵莉ならわかってくれるって信じてたよ。ありがと」
私のための笑顔! これをもっともらいたい!
歓喜の雫に心は潤い、精神に若干の安定をもたらす。
「じゃあ、学校では一旦こういうことをしないって約束する。その代わり、他の部分で二人だけの時間をつくること。それを約束して欲しい」
「ちょっと待って、それじゃあ私が――」
「黙ってて。私が聞いてるのは将くんにだから」
瞳だけを動かし、間宮の動きを制する。嫉妬や憎悪で黒みが増したように感じる瞳で。
「……わかった。僕も二人と仲違いしたいわけじゃないから。そうしよう」
「ほんと!?」
「嘘でしょ、将……」
喜びと落胆。
感情をそのままに言動に起こす二人。
この約束事により、間宮と千鶴の睨み合いは続くことになった。
さらには互いに喉元にナイフを突き立て、勝手に一歩踏み込もうとした者が負ける。そんな場を作り出したのだ。
邪魔者に抜け駆けさせないように。
その結果生まれた千鶴と多加良の二人きりの時間。
間宮より彼の家族との親交が深い千鶴は、容易になかに入り込み、お世話をするという係を勝ち取った。
「クソッ! クソッ! クソッ!!」
自宅にて、多加良の制服に仕込んでおいた録音タイプの盗聴器を流す。聞こえてくる自分より近い存在になろうとしている千鶴に苛立ちが爆発する。
言葉と共に振り下ろされるペンの先は、遠足で撮った集合写真に写る彼女がいたはずの場所を狙うばかりだった。
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